2012/04/19

大学医学部医局とマグネット病院

  平成23年9月から、佐川典正先生の後任として、三重大学医学部産科婦人科学教室を担当させていただいております。津地区医師会の先生方におかれましては、日頃より患者さまを紹介していただき、大変お世話になっており、ありがとうございます。安の津医報への寄稿として、現在進めております、我々の医局とマグネット病院との連携について、述べさせていただきます。

大学医学部医局の弱点
  大学医学部には、医師免許取得と学位取得という、医師と医学者を育てる大きな使命があり、また大学医局は、これらの育成とともに勤務医派遣と地域医療への貢献という、もう一つの役割もあります。地域医療へ貢献するために、時には医局員にとって人気のない関連病院にも医師を派遣しなければならないという医局人事は、最近の新卒者が入局しない大きな原因となっています。したがって、医学部卒業者の大学医学部入局率は、新臨床研修医制度が開始された平成16年から、極度に減少しました。症例が多く、指導医の充実した、いわゆる求心力のある「マグネット病院」で研修しようと、優先的にマッチング施設として選ぶわけです。しかし、私は国立循環器病研究センターの部長をしていた経験から、「マグネット病院」にも、「スタッフ医師の定着力の弱さ」という大きなウイークポイントがあり、これからは、大学医局の再評価の時代がくると考えております。本寄稿では、大学医局とマグネット病院に関して私見を述べ、今後はこの2つの有機的な協力が必要であり、三重大学産科婦人科学教室でも、このような協力を進めていくべきであると思います。

マグネットホスピタルの弱点
  私は6年間、国立循環器病研究センターという高度専門医療施設、いわゆるナショナルセンターの、周産期・婦人科部の部長として勤務しました。平成22年に独立法人化となりましたが、それまでは厚生労働省直属の専門施設でした。心臓病をはじめとする循環器病合併妊娠、出産を年間100例以上、胎児心臓病を年間約40例以上扱うなど、全国的にみても特色のある施設です。これらの臨床症例をまとめ、発表してきました。また基礎的研究を行うレベルの高い研究所も併設されていますので、臨床と研究を十分行うことができました。これらの実績から、研究費は、比較的順調にいただくことができ、全国からこの分野に興味のある産婦人科医を多く集めることができました。いわゆる最近の言葉では「マグネット病院」と呼んでも良い状態となりました。しかし、部長として最も頭を痛めたことは、常に医師を集めてくる努力をしなければ続かない、という不安です。興味のある医師は国循に来てくれるのですが、一定期間がすぎると、出身大学に帰って行ってしまいます。優秀な医師ほど、大学医局の吸引力が強い傾向にあります。大学医学部のように医学生時代から医師を育てることができないという大きなハンディキャップがあると思いますが、また、大学医局が持っている、学位取得と関連病院への就職先確保という2つの機能が無いために起こる、スタッフ医師の定着能力の弱さが大きな悩みでした。
  ある先生から、国循は「道場」だといわれました。すなわち、何々藩からの藩士が、剣術を上達するための最適な場所なのですが、剣術がうまくなったら、「藩」に帰ってしまいます。したがって、「道場」がはやるためには、弟子をとりつづける努力がいるのです。「道場」に優秀な先生がいなくなり、他に同種類の道場ができてしまえば、存亡の危機に直面します。

大学医学部医局とマグネットホスピタルの協力
  大学の医局とマグネット病院が、従前の医局‐関連病院とは違う形で協力し、弱点を補え合えば、単発のマグネット病院よりもバラエティに富んだキャリア形成環境が実現でき、スケールアップが図ることができると思います。特に三重県は、愛知県や大阪府などという大都会と隣接しており、三重大学医学部の新卒者は、名古屋と大阪の病院を中心に新臨床研修医制度のマッチングを選ぶ傾向が多いように見受けられます。そこで、名古屋や大阪の「マグネット病院」と連携することで、われわれの産科婦人科学教室の発展を図ることは理にかなったことだと考えています。
  すなわち、「マグネット病院」の弱点である、スタッフ医師の定着力不足、学位取得ができず、就職病院が無いことを補い、大学医局の弱点である、固定した医師派遣のあり方を補うというものです。

関連病院と連携病院
  三重大学医学部産科婦人科学教室では、本年から、我々の医局から部長を派遣している病院を関連病院(affiliated hospital)とし、診療のトップは、他大学や我々の医局からではない医師によって運営されている病院で、医局員を派遣している病院を連携病院(cooperative hospital)として、病院協力の枠を拡大しました。そして、後者として、全国のマグネットホスピタルと有効な協力を進めていくことを新たな目標としております。これは、三重県のみでなく、多くの先端技術や特殊技術を持ったマグネットホスピタルにおいて研修したいと希望する、若い医師のニーズに答えるためです。したがって、三重大学医学部産科婦人科学教室に入局したのち、連携病院において研修するという新しいキャリアパスが開けてきました。全国の、産婦人科を目指す、若い医学生、初期研修医の皆さん、ぜひお問い合わせください。

最後に
  我々の教室のモットーの一つに、地域(community)を最も優先することがあります。
  津で信用されなければ三重県で信用されません。三重県で信用を得なければ日本で信用を得ることは不可能です。津地区医師会の皆様に信用していただけるよう、教室運営を行って参る所存ですので、ご指導の程よろしくお願いいたします。

2012/03/19

三重県立総合医療センターと市立四日市病院の産婦人科医師の協力体制について

  三重県立総合医療センターと市立四日市病院は、四日市市にあり、同市のみならず三重県北部、北勢医療圏の、高次医療センターとして機能しています。産婦人科医療に関して は、高次病院、かつ地域周産期センターの役割を担う重要な病院です。どちらも、三重大 学産科婦人科学教室から、多くの医師を派遣しており、大切な産婦人科医師の研修病院で もあります。北勢は県下で、人口も出産数も唯一増加しており、県は、平成 24 年度から、 市立四日市病院を三重中央医療センターに次ぐ第2の総合周産期センターとして指定する 予定です。そこで、最も大きな障害となるのが、産婦人科医師の確保問題です。しかも、 市立四日市病院に勤務しておられた、3 人の医師が、平成 24 年 4 月から退職や休職される ことになり、現在の 7 人から 4 人となってしまうことになったのです。このお話は、平成 23 年 11 月 7 日、三重大学に、市立四日市病院の一宮院長と、辻統括産婦人科部長、三宅産婦人科部長がお越しになり伺いました。
  そこで、我々三重大学産科婦人科学教室として、市立四日市病院の医師が市立四日市病院以外で勤務することをお許しいただくことと、その代わりに、県立総合医療センターの 医師が、市立四日市病院に応援勤務をした場合に、相応の報酬をしていただくことをお願 いしました。四日市市にある2つの総合病院を、1つの医師群でカバーする構想を提案い たしました。以下に、このことのメリットを述べ、その後の経過を報告させていただきま す。

1.マンパワーの必要なときに、より多くの医師が確保できる
  産婦人科、特に周産期医療は、夜間に分娩が重なるなど、忙しい時と、そうではなく比 較的時間に余裕がある時の、波が大きい医療です。例えば、品胎妊娠の妊娠高血圧腎症症 例の早産分娩などは、6人以上の産婦人科医が必要です。したがって、安全な産婦人科医 療を確保するためには、リアルタイムに必要な医師を、有効に増加させるシステムを構築 することが重要です。いわゆる「最大瞬間風速を上げる」仕組みが必要なのです。
   このシステムを作っていくときに障害となっているのが、勤務医の就業規定です。すな わち、勤務医病院以外の診療を禁止すること、勤務医病院以外から報酬を得ることを禁止することです。
   しかし、現在のように産婦人科医師数が少ないときに、総合と地域の周産期センターで ある両病院において、人手の要る事態が起こった時、安全な医療を提供するために、どうすればよいのでしょうか?自院の医師数が少なければ他院の医師の応援を得ることは、安全のために、ごく当たり前のことだと思います。したがって、県立総合医療センターで必 要であれば、日夜を問わず市立四日市病院から応援にかけつけ、また逆に、市立四日市病 院へ県立総合医療センターに応援に出かけることは、患者さんの安全のために必要である と考えております。
 
2.よりレパートリーの広い産婦人科研修が可能となる
  若い研修医を派遣する場合、その病院における研修内容は、研修医にとって最も重要な 関心事です。したがって、複数の病院の移動が可能となり、研修にレバートリーを持たせ ることができれば、研修医が行きたい病院群となると考えています。たとえば、県立総合 医療センターの産婦人科では、県下で最も数多い腹腔鏡手術を行っておられます。一方、 市立四日市病院では、骨盤臓器脱に対して、tension-free vaginal mesh (TVM)を手掛けて おられます。また、市立四日市病院においては、妊娠28週未満の超低出生児の分娩が習 得できます。研修医や専攻医が、2つの病院にまたがって研修できれば、より研修内容も 充実すると考えます。ひいては、若い医師が産婦人科を志してくれるようになるのではと 期待しています。
 
3.医師の待遇がより良くなる
  これまでは、他科にくらべて労働量の多い産婦人科勤務医の待遇改善策として、分娩手 当や時間外手当の支給などが一般的でした。月の基本給与を上げることは、「他科の医師と のバランスがとれない」という理由でご法度でした。しかし、以下の話は知り合いの医師 から聞いた話ですが、自分の勤務病院で頑張っている医師と、院外からの応援医師との待 遇のアンバランスを象徴するエピソードだと思います。ある公立病院の一人医長で頑張っ ておられる 60 代の先生が、土日を利用して学会に行くために、自分の出身大学の医局に頼 んだところ、土日で 50 万円以上の当直料を要求されました。しかし、背に腹は代えられないと、その公立病院は支払い、常勤医の後輩である産婦人科医が土日当直に来たのです。 当直医は、当直中、仕事らしい仕事はせず、陣痛発来患者の入院の対応を行いました。常 勤医は、日曜日の夕方に帰院し、交代した後、その日の内に分娩を行いました。常勤医の 当直料は一日 1 万円余りなのですが、その 10 倍以上もの当直料が非常勤の産婦人科医に支 払われているのです。
   したがって、限度はあると思いますが、市立四日市病院の医師が県立総合医療センター の日直、外来、手術、当直などを行い、その逆に、県立総合医療センターの医師が市立四 日市病院の業務を行い、それ相当の報酬を得ることは、医師の待遇の改善につながるのではと考えております。
 
4.その他のメリット
  われわれが、他病院に行き見学することは、極めて勉強になります。それぞれの、違っ た病院の良いところを学べるからです。三重県の病院における産婦人科は、三重大学産科 婦人科学教室で初期教育を受けた医師がほとんどであるため、手術手技にしても多くの共 通点があると思います。したがって、治療の標準化が行いやすい素地はもとよりあるわけ ですが、市立四日市病院と県立総合医療センターの医師が交流することで、治療の標準化 に近づけることが期待できます。その他には、業務可能な産婦人科医師数の増加により、 夏休み、冬休みなどの長期休暇を取得しやすくなる、両病院の交流を図ることにより、開業産婦人科医と高次医療施設の連携がどのように行われているか、北勢医療圏における産 婦人科医療の実態を把握しやすくなる、開業医からの紹介患者の窓口の一本化も可能であ り、総じて北勢医療圏の充実につながる、などが考えられます。
 
5.デメリット
  デメリットも当然あると思われ、以下に考えられるものを列記しました。
① 業務内容が増え煩雑となる:普段勤務していない病院における業務をすることとなり、 小児科など他科との連携や看護師、助産師、検査技師などの協力体制に支障をきたす可 能性があると思われます。
② 主治医性の診療が行い難くなる:医師同士の連携がより重要となり、チーム医療、グループ診療が中心となることが考えられます。しかし、これはむしろ、デメリットではな いかもしれません。
③ 病院間の移動の問題:当然、それぞれの病院間を行き来することが多くなります。
④ 医療トラブルの問題:医療事故や患者・患者家族とのトラブルなどの発生時に、他院所 属の医師が関与し医療の場合に、どのように対応するのか未解決です。
   しかし、以上のデメリット問題もあわせて、予想される問題点について、十分考慮し、 対策をあらかじめ立てていけば、総合的にみてメリットの方が多いシステムだと信じております。
 
6.その後の経過
  年が明けた平成 24 年 1 月 18 日に、市立四日市病院に伺い、一宮院長から市立四日市病院の医師が県立総合医療センターで勤務すること、その逆の勤務もあり得ることをお認め 頂きました。また、1 月 25 日に、県立総合医療センターに伺い、高瀬院長にも、大筋でお 認め頂きました。現在、県立総合医療センターの三輪事務長と、市立四日市病院の村田事 務長をはじめとした事務局の調整が行われております。
  このプロジェクトは、全国に先駆けた、産婦人科医療、周産期医療の新しい集約化のモ デルになるものと考えております。現場の医師はもとより、三重産婦人科医会の先生方の 応援をいただきますようお願いいたします。

2012/03/01

三重県における集団ベース研究(population‐based study)

  平成23年9月から、三重大学医学部産科婦人科学教室を担当させていただいております。就任の抱負として、私の在任期間中に最も達成したいと考えております目標を述べさせていただきます。
  それは、三重県における集団ベース研究(population based study)が行えるインフラを確立することです。三重大学における研究も重要ですが、それ以上に三重県という全体の産婦人科医療に対する充実に力を注ぎたいと思っております。また、臨床研究として、三重県というフィールドに関わる産婦人科医療の研究を皆で行ってゆきたいと考えております。

1.臨床データベースは正確性とフィードバック時間が重要
  まず、わが国においては、本当に臨床的に役立つデータベースが少ない現状があります。本当に役立つとは、データを基にして、臨床的・行政的に予防や改善対策を立てていく上で有用なものであり、それが短期間でフィードバックできればより効果があります。すなわち、(正確性×時間)が要求されます。たとえば、周産期医療の中で、脳性麻痺発生率は、沖縄県や鳥取県などの地域で調査されています。しかし、県全体の医療の良し悪しと関連づけられたものではありません。この沖縄県をはじめとした脳性麻痺発症率は、平成21年から開始された産科医療保障制度の準備段階で、基礎データとなりました。すなわち、年間に全国で800例の脳性麻痺が発症すると推定されたのです。発症1例あたり3000万円が支給されるため、240億円が用意される必要があり、必要経費も入れて約300億円を集めなければならないと計算されました。このために、各分娩機関からは、前年の施設分娩数に3万円をかけた保険金を供出することになったのです。しかし、実際に挙がってきた数は年間約200例であり、当初見込まれた額と大きく解離してしまいました。このエピソードは、いかに臨床的に正確なデータが必要であるかを示すものだと思います。
  一方、がん登録では、癌死亡数は比較的正確に把握できますが、癌罹患数はなかなか直ぐに把握することが困難です。死亡が死亡統計から比較的簡単に把握できるのに対して、疾患の発症は、現場の医師の登録など、手間ひまがかかり、短時間でできないことは容易に理解できます。癌の死亡率と罹患率は約4年間のギャップがあるのです。しかし、がん治療の進歩の速さを勘案すると、短期的フィードバックを行うのに4年間は、長すぎる感があります。できるだけ、短期に治療方針などが見直せるしくみの重要性しめす一例だと思います。

2.妊産婦死亡の登録と評価と予防策
  妊産婦死亡は、妊娠中または、産後1年以内の死亡と定義されますが、実際より過小に登録されていることが問題となっていました。私は、主任研究者として、過去6年間に渡って厚生労働省の科学研究費を頂き、この妊産婦死亡問題を研究しています。当初から臨床的に本当に役立つ正確なデータベースを作るのが目標でありました。様々な難問はありましたが平成21年から、日本産婦人科医会の多大な協力を得て、日本で起こった妊産婦死亡の登録と、評価を行い、防止策を提言できるシステムをやっと作ることができました。平成21年には51例の症例が登録されましたが、この数値は国の公式統計値の49例よりも多く、我々のデータ収集の方がより正確であることがわかりました。また、妊産婦死亡の発生要因などの解析が可能であり、この分析から、時間をおかずに有効な予防策を提言することが可能なインフラ作りに成功しております。

3.集団ベース研究を行う上での三重県の優位性
  三重県は、その人口規模と多様性において、わが国を代表しています。人口約170万人、出生数は約1万6000であり、我が国の約1.5%です。サンプリング数として、適切であると思います。これまで私は、全国的な周産期医療についてのアンケート調査を、数件行ってきました。この経験から気づいたことは、約1~2%のデータが集まった時点で、ほぼ傾向がわかることです。また、三重県は、北の工業地帯から、南の過疎地域まで、日本の縮図とも考えられます。人口集中に関する問題、過疎の医療の問題など、わが国の対策をたてるために、多様な特性を持った地域医療が展開されています。
  さらに、三重県の公的病院と私的な医療施設における、ほとんどの医師が三重大学産婦人科教室の出身か、三重大学と関連の深い先生がほとんどであります。この点でも、三重県全体での集団データ研究を行うのに有利であると考えております。

4.具体的な計画
  三重県周産期症例検討会:三重県における5つの周産期センターの現場で診療にあたっておられる産科側と新生児側の医師、約10名余りが、診療した死産、新生児死亡、脳障害が予測される症例を登録し、検討する会を2012年に立ち上げる予定です。私がかつて、宮崎大学に勤務していたころに、恩師である池ノ上克産科婦人科学教授が「宮崎県周産期症例検討会」をたちあげられ、私は事務局を担当させていただきました。宮崎県は、宮崎大学出身のみでなく、九州大学、熊本大学および鹿児島大学医局の出身の先生方が、それぞれの関連病院で診療していた状況がありました。そこで、平成10年から、県下6つの周産期センターの産科側と新生児側の医師約12人が一同に会して、年2回、症例検討を行いました。その結果、それぞれの参加者の用語がスタンダード化され、コミュニケーションが豊富になりました。それ以後の電話相談などを頻繁に行うようになり、ヒューマンネットワークが広がりました。平成11年に、宮崎県は全国一周産期死亡率の良い県となり、それ以後も上位に度々名前を連ねており、周産期医療先進県として全国的に有名です。三重県では、先ほど述べた理由で、医師の顔や性格などよくわかっているわけで、宮崎県よりもこの点の事業が行いやすいと考えております。幸い、三重県からもこの研究に補助をいただいており、これからの成果を期待しています。
  婦人科癌登録:わが国で正確な癌統計が県単位で取られているところはほとんどありません。教室の田畑務准教授のもとで、三重県における、婦人科癌に関する臨床データを集め、解析するプロジェクトを開始しました。子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌の3つの癌種が対象で、リアルタイムに予後調査などを行ってまいります。例えば、子宮頸癌は近年若年化の傾向があり、そのため、国から人パピローマウイルス(HPV)ワクチンの公費助成が始まっています。このワクチンの地区ごとの接種率は容易に判明するため、HPVワクチンによる子宮頸癌予防効果も判定することが可能となります。すなわち、HPVワクチンの対費用効果を実測することが可能となり、有用な臨床観察データになる可能性があります。また、県内の関連病院にて婦人科癌治療の均てん化をはかり、統一した治療法による多数の症例のデータベースを作っていきたいと考えております。

5.プロジェクトを成功するためには
  これらの集団ベース研究を成功させるために必要なことは、発表代表者を一つの施設が独占しないことだと思います。各施設からのデータベースを基にした研究ですので、当然なことなのですが、これまで多くの研究が半ばにして頓挫したのが、発表者の問題です。この度、日本産科婦人科学会の専攻医指導施設指定基準として、発表論文数が規定されるようになりました。三重県として集団ベース研究を行い、全体のデータを分担して各施設が発表することは、この論文数施設基準を充足することにも繋がるものと考えております。ぜひ、ご協力よろしくお願いいたします。

2012/02/26

ゴルフと手術

  この度、ゴルフ部の顧問を仰せつかりました産婦人科の池田智明です。高校時代は陸上部、大学時代は野球部に所属しましたので、ゴルフは部活として行ったことがありません。しかし、今、最も上達したいスポーツはゴルフですので、ゴルフ部の顧問になることができ、皆さんとコンペで一緒にプレーできることを大変喜んでいます。といいますのは、三重大学産婦人科教室の同門会にはゴルフの上手な先生がたくさんおられ、コンペでも90台ではまず優勝できないぐらいレベルが高いのです。一度は、同門会ゴルフ大会で優勝してみたいと思っており、ゴルフ部の皆さんと一緒に練習して、上手くなろうと考えています。
  さて、産婦人科は外科系であり、手術療法は重要な治療手段です。日々、手術をしていて、この手術とゴルフは極めて似ていると感じており、以下に共通点を述べます。
(1) まず、手術をする臓器の解剖が理解されていることが大切ですが、ゴルフでもコース設定がしっかり頭に入っていることが必要です。思わぬ、バンカーやOBが待ち受けていますが、手術中にも出血しやすい小さな血管などが待ち受けており、あらかじめ準備しておくことが大事です。
(2) 上手になるためには、まず良い指導者につくこと、解説書などをしっかり読むこと、ビデオなどで視覚的に学習すること、そして実際に練習・実戦を続けることが重要です。これは、手術、ゴルフ以外にも当てはまることですね。また、これで終わりということがなく、一生学ばなければなりません。私は、自分用の腹腔鏡下手術のシミュレーション装置を自室に置いて、日々トレーニングをしています。ゴルフに関しても、自分の部屋にパター練習装置を持ち込みたいのですが、人目もあり、実現していません。
(3) また、使用する道具も、常日頃から、最新の情報をアップデートして、自分に合うものを求める努力が必要です。最近の手術用具も、超音波凝固切離装置や癒着防止シートなど、次々に新しいものが出てきています。ゴルフ用具もクラブ、ボールのみでなく、練習器具など周辺機器の進歩が著しく、良い道具を求めることに貪欲になるべきと思います。
(4) さらに、苦境やピンチに陥ったときに、どのように対処するかで真価が問われます。手術もゴルフも順調な時にはいいのですが、どこから出ているのかわからない出血など通常から逸脱した時、ボールが林やラフに入ったとき、最小限の出血で済ますか、大きくスコアを崩さないかは、まさに、その人の実力です。じっと我慢しなければならない時もあり、カーとなって怒ったりするのは最低です。
(5) 最後に、良い人間関係を作ることは極めて重要です。手術も単独で行うことよりも複数ですることの方が多いです。ゴルフは個人競技というものの、一人でラウンドすることは稀でしょう。気持ち良いメンバーやキャディーさん当たると5打ぐらいは良くなります。手術でも上手な助手やスムーズな機械出しの看護師さんにあたると、より順調な経過となるでしょう。しかし、気持ちよいメンバーも上手な看護師さんも、案外こちらの気遣い次第でそうなることも多いものです。
  以上のように、手術とゴルフは多くの共通点を持っています。したがって、ゴルフを本気で打ち込むことは、手術がうまくなり、良い医師になる道に繋がると信じています。外科系の医師にゴルフ好きが多いのも納得といったところでしょうか。ただ、「先生の手術のハンディキャップはいくつなのですか?」と疑われないように、本業の方も精進したいと思っています。どうか、今後ともよろしくお願いいたします。

2012/01/04

三重県産婦人科医報への寄稿

  平成 23 年 9 月から、佐川典正先生の後任として、三重大学医学部産科婦人科学教室を担当させていただいております。三重産婦人科医会には理事として入会させていただき、9 月 15 日には早速、医会主催で歓迎会を開いていただきありがとうございました。以下に、ご挨拶とお願いを述べさせていただきます。

1.自己紹介
  生まれは、兵庫県豊岡市という、日本海に面した盆地で、冬は雪深い地方です。高校卒 業男子の 90%以上が京阪神などの都会に出ていくという典型的な過疎地ですが、私も宮崎 医科大学に入学するために宮崎に移りました。昭和 58 年に卒業した後、大阪大学医学部付 属病院産婦人科で研修を始め、引き続き市立貝塚病院、大阪府立母子保健総合医療センタ ーと研修を行い、昭和 63 年に母校宮崎医科大学の産科婦人科学教室に助手として採用して いただきました。以後、17 年間に渡って同教室にお世話になりましたが、とりわけ平成 3 年からは、池ノ上克教授のもとで、周産期医学を専門に臨床・研究を学びました。「周産期 医療は、大学のみではなく地域のレベル向上を目標とせよ」など、様々なノウハウを教えていただきました。宮崎県は平成 11 年に、全国一周産期死亡率の良い県となりますが、そ の過程のひと役を担えた経験は大きな財産だと思っております。アメリカ留学の恩師であ った村田雄二、大阪大学教授のお誘いを受け、平成 17 年からは国立循環器病研究センター の周産期・婦人科部の部長として、臨床・研究・教育を行わせていただきました。国循における 6 年間は、診療部門の責任者として多くの経験を積むことができました。特に、平 成 18 年 8 月、奈良大淀病院からの脳出血妊婦の母体搬送を受けたことは、大きな出来事で した。ちょうど、厚生労働省研究で妊産婦死亡に関する研究の主任であったこともあり、「妊 娠と脳血管障害」に関する全国調査を行いました。全国で年間に約 120 件の合併例が発症 していることがわかりましたが、このデータはその後、東京墨東病院の脳出血妊婦の際に 役に立ちました。過去 6 年間は、産婦人科医逮捕や「お産難民」といった産婦人科医にとって冬の時代ですが、幸い国循では、医局員数も診療成績も右肩上がりでした。恩師はじ め、巡り合った方々やイベントを振り返り、なんとラッキーな経緯であったと感じざるを 得ません。

2.最重要課題は三重県で働く産婦人科医の増加
  最重要にして、最優先に解決しなければならない課題は、三重県で勤務する産婦人科医 を増やすことです。図1は、三重県産婦人科医会会員の年齢群別の数ですが、60~65 歳を ピークに若くなる程、次第に減少しております。40 歳未満は全体のわずか 15%にしかなり ません。最も多い年代である 55~64 歳、53 人のほとんどが、現役で大車輪の活躍をされ ておられますが、10 年後に 65~75 歳となられた場合に、どういった状況が予想されるで しょうか?図2は、三重県志摩町における海女さんの年齢分布ですが、70~79 歳がピークで、やはり若くなる程、減少しています。海女さんも、鳥羽の真珠島のアトラクションな どには重要な役割をしていますが、将来的にかつての花形職業として復活することはない と思います。同様の年齢分布を持つ職業は、日本の農業従事者や日本共産党員があります (ただし、後者は確定的なデータはありません)。いずれも、将来的な存続が危ぶまれてい ます。すなわち、三重県産婦人科医療は将来的な存続に関して、危機的状態であることを、 まず真剣に認識しなければならないと思います。

三重県の出産数から、必要な産婦人科医を推定してみます。年間 1 万 5000 分娩として、 全国レベルの 100~110 分娩に 1 人の産婦人科医が必要であり、65 歳未満がすべて分娩に あたると仮定して計算してみます。結果は、136~150 人の産婦人科医が必要で、現在の 55 歳未満の医師数は 82 ですので、この先 10 年間で 54~68 人の増員を行わなければならない ことになります。退職や県外流出が 2 割でるとして、年間 6~8 人は 55 歳未満の産婦人科 医が増えなければなりません。
  これから、これまでのペースの倍以上の入局や新規参入を努力しなければならないこと がわかります。図 3 のように、我々は、様々な問題を持っていますが、三重県で働く産婦 人科医数を増やすことは、喫緊にして最重要課題です。


3.大学、関連病院、医会、行政の一丸となったリクルート
  三重県の産婦人科医を増やすためには、大学、関連・連携病院、産婦人科医会および行 政の 4 身一体となったリクルートが必要だと思います。
   まず、県内唯一の医師養成機関である三重大学医学部における学生、研修医の教育に関 して、教室員一丸となって産婦人科学の魅力をアピールすることが最も大事です。これに 関しては、大学スタッフや研修医は、人間的にも魅力があり、専門的にもしっかりしてお り、赴任以来、大変たのもしく思っております。また、学生勧誘に関して、同門会の先生 方によって、物心ともに支えていただいており、本当に感謝いたしております。平成 24 年 度からは、地域枠や医学部増員で 120 人の学年が臨床実習に入ってきますので、より一層、 熱意を持って教育に当たっていきたいと考えております。
  次に、若い医師達は、専門科を決める際に、どんなことが学べるか、先輩医師たちは充 実した研修をおくれているかという、本質をとらえた観点から現実的に考えていることで す。これは、私など、いわゆる“なりゆきまかせ”で“おめでたい科だから”などと、考 えて入局したのとは隔世の感があります。ただ時代を経ても変わらないのは、直近の先輩 医師が、楽しそうに研修を行っている姿は、その科に進もうという何物にも代えられない 説得力を持ちます。学生や卒後研修は大学以外の病院において行っていただいており、こ の研修病院において、教育の充実とともに積極的なリクルートをお願いしたいと思います。産婦人科医療は、人の絆の医療であり、生活に密着した医療ですので、将来的に、学生か らの教育を公的病院のみでなく、より絆の強い個人病院や診療所においてお願いしたいと 考えております。その際は、ぜひよろしくお願いいたします。
  また、県外で研修や働いている産婦人科医で、三重県や三重大学に関連のある方はぜひ、 三重にカムバックしていただきたいです。このためにはご子息はもとより、お知り合いの方がおられましたら、ぜひご一報いただけたらと存じます。折をみて、勧誘させていただ きたいと思っております。三重県の危機的状態から抜け出すためですので、ぜひご協力を お願いいたします。
   さらに、三重県における行政的なご援助も必要です。これには、三重県医師確保プロジ ェクト「おいないネット三重」による、三重県研修医研修資金貸与制度があり、4 年を上限 にして年に 3,300,000 円の貸与が受けられ、返還免除規定もゆるく、全国的に見ても極めて 優遇策がとられていることは事実です。
   以上のように、危機的状態を認識していただき、各方面からの一体となったリクルート が何よりも大切であります。

4.三重県の強さは一枚岩
  三重県産婦人科医会の最大の強みは、一致団結力、いわゆる一枚岩(monolithic solidarity)だと感じております。その理由は、所属されておられる多くの先生方が三重大 学産科婦人科教室の出身であること、三重県の病院や診療所のほとんどが三重大学と強く 関連をもつ病院であることなどが挙げられましょう。しかし、三重県人の県民性も大きく 関与しているのではないでしょうか。Google で三重県の県民性を調べてみますと、「強調性」、 「連帯性」、「争いごとを好まない」、「中庸」、「温和」などのキーワードがでてきます。私 は、これまで所属してきた大阪産婦人科医会や宮崎産婦人科医会と比較してみても、また 他の医会を見聞きしても、三重県産婦人科医会が、全国一団結した産婦人科医会であると 思っております。三重大学産科婦人科学教室の発展も大事ですが、それ以上に、三重県全 体の産婦人科医療の発展をめざしてがんばりますので、ご指導、ご支援よろしくお願いいたします。