2013/01/04

平成 25 年を迎えて

  三重県産婦人科医会の先生方には、常日頃から患者さんのご紹介をはじめ、産婦人科医療に関わる様々なことで、大変お世話になっており、ありがとうございます。平成 23 年 9 月に、三重大学医学部産科婦人科学教室に赴任して参りましてから、約 1 年半が経ちまし た。産婦人科医会と学会は、車の両輪であるべきといわれていますが、三重県ではお互い の立場を忘れてしまうぐらいの「一輪車」であり、最も理想的な県だと、ありがたく感じております。私が赴任した時の抱負として、①三重県で働く産婦人科医師の増加、②患者 さんと医療者のための産婦人科医療の「規制緩和」、③三重県全体をフィールドとした研究の促進、の3つを柱として取り組んでいきたいと考えておりました。現在、どれ位、これ らのことが達成できているかを以下に振り返り、今後の展望を述べさせていただきます。

1. 三重県で働く産婦人科医師の増加
  平成 24 年には、三重大学産科婦人科学教室に 6 人の専攻医が入局してくれました。また、 平成 25 年にも 7 人が入局する予定です。これは、三重大学のみならず、関連病院の指導的立場にある先生方が、日頃より医学生教育、研修医教育に力を注いでいただいたおかげです。三重大学のポリクリ学生の多くが、産婦人科実習に対して、「雰囲気がいい」「良く指 導してくれる」と答えてくれております。これも、佐川典正教授が医学生に対して魅力的 な学習カリキュラムを考案され、卒後臨床教育長として、初期研修医にとって、充実した 教育システムを作って頂いたことが大きいと感じております。医会の先生方にも、「励ます会基金」など、物心ともに多大な援助をいただいており、ここにお礼を申し上げます。新入局の専攻医以外にも、鈴鹿医療科学大学教授として赴任していただいた石川薫先生はじ め、数人の先生方が三重の産婦人科医療のために他県からおいでいただきました。
  今後さらなる三重県の婦人科医、特に若い医師を増加するために、2 つのことを今年から 始めようと思います。一つは、三重県以外に関連病院を持つことです。これまで、産婦人 科医療を学べる施設や関連病院を三重県のみにしか持たなかったことは、国内留学などは 別として、三重大学産科婦人科学教室にとってハンデキャップでした。医学生を含む三重 の若者は、どうしても都会志向が強い傾向にあり、東京、大阪、名古屋などの大都市に出 てみたいという夢を持っています。したがって、三重大学関連病院を三重県以外に置くこ とは若者のニーズに合致していることだと考えています。最初の試みとして、平成 25 年 4 月から、東京都府中市の榊原記念病院に産婦人科を三重大学の関連病院として開設いたします。これは、私の前任地、国立循環器病センターの友池仁 暢院長が、3 年前に東京の榊原記念病院の院長職に就かれたときから、同病院に国循周産期・婦人科部のような科を設 立してくれないかと、相談されたことから端を発しております。幸い、国循に勤務し、三重大学産婦人科同門会に昨年から入会いたしました、桂木真司君が東京赴任を決意してくれましたので、実現いたしました。教室から誰を派遣するかなど、まだまだ未定な部分は ありますが、若い医師たちにとって、勤務してみたいと思われる魅力的な関連病院となる ように努力いたします。
   もう一つは、紀南病院問題の解決です。これまで、紀南病院は、三重大学産科婦人科学 教室から、部長以下派遣している東紀州地区の基幹病院です。東紀州地区は、尾鷲総合病 院に昭和 52 年に藤田弘史先生が赴任なさって以来、紀南病院、新宮市立医療センターの 3 病院に、教室から現在まで、延べ 76 名を派遣して参りました。また、平成 17 年には紀南病院に集約一本化されました。この東紀州地区病院への出向は、残念ながらこれまで、い わゆる「徴兵的」なものであったのは否めません。そして、そのことは新入医局員のリク ルートにはマイナス要素になっており、したがって、派遣のあり方をこれまでのものから 変えていかなければならないと考えております。詳細は、三重県同門会会誌に述べました のでお読みください。

2. 患者さんと医療者のための、産婦人科医療の規制緩和
  我々、医療者の本分は、当然、患者さん方の健康を守ることであります。そのことを充分果たすためには、医療システムの充実とともに、医療者のクオリティーオブライフも重 要です。このことは佐川典正教授が強く訴えられ、三重県で実践され整備されました。患 者さんの安全性と医療者の働き易い環境をさらに向上させるため、現状の医師雇用システムや医療行政システムで不都合なことがあれば、さらなる変更も必要であると考えており ます。これを達成するためには、従来の規則や決まりを変更すべき場合もあるということ で、「産婦人科医療の規制緩和」と呼ばせて頂きます。
   まず、行いましたのが、最も難しいといわれている県立病院と市立病院の間での医師の相互派遣です。この目的と開始までの経緯は昨年の同門会誌に書かせていただきましたが、 平成 24 年 6 月から市立四日市病院と三重県立総合病院の間でスタートすることができまし た。月に 3-4 人ずつの手術応援、当直応援を行っていただいています。緊急時に数人が他病院に集合し、重症患者への対応を可能にするまでには至っていませんが、人脈・交流お よび研修内容の拡大などの効果が出来ているものと期待しています。ただ、市立四日市病院から県立総合病院では、派遣者に直接給与が渡るのに対して、県立総合病院から市立四日市病院への派遣は、派遣者個人ではなく産婦人科にデポジットされ、産婦人科の中でコ ンピュータなどの「現物」として支給されています。公務員法に従うために仕方がないと いうことらしいのですが、派遣者自身のモチベーションも上がらないのではと心配しております。本年は、三重大学と三重中央病院、済生会松阪病院と松阪中央病院との間でも、 患者さんと医療者のための協力体制を始めていければと考えておりますので、ご協力よろ しくお願いいたします。
  また、卒後 3 年目からの産婦人科専攻医研修施設は、これまで大学病院と公的病院のみに限られておりました。しかし、公的病院における正常分娩数の減少や、日常一般外来疾患の経験不足など、産婦人科医となるために充分な経験を得るためには、さらに研修病院 を広げる必要があると考え、平成25年度からは個人開業施設も研修病院として加わって いただく予定です。病病連携や病診連携を学ぶためにも、重要なことだと考えております。
  さらに、二次・三次病院から、緊急時に医師、場合によっては血液製剤などを携えて、高次施設勤務の医師が、一次施設に出向いて診療応援するシステムを構築することも、産 科出血による母体死亡などの産科救急に対して有効であると思います。これは、胎盤早期剥離による周産期死亡や、脳性麻痺を始めとする周産期脳障害の発生が減少していない今日、より多くの生命を守るためには、従来の一次から高次施設の搬送のみにとらわれていてはいけないと思います。また、母体死亡、脳性麻痺と結果的には同じでも、その地域の医師ら、皆で全力を傾けて治療してくれたという事実は、その後の医療訴訟や患者家族と のトラブルも減少していくものと考えます。
   その他にも勤務医と開業医、他科と産婦人科の連携の再構築など、あくまでも患者さんの安全と医療者の働き易い環境作りのために「産婦人科医療の規制緩和」を進めていくべ きであり、現実的なアイデアを出し合っていただければと思います。

3. 三重県全体をフィールドとした研究の促進
  三重県は、その人口や分娩数など全国の 1.5%で、北の工業地帯から南の過疎地域まで有 し日本の縮図であります。また、三重県においては、産婦人科医会と産科婦人科学会との垣根がほとんどないなど、県全体をフィールドとした臨床研究を行う上で、優位な基盤を持っています。このことは全国の都道府県を眺めてみても、極めて稀なことだと思います。 したがって、研究は三重県全体のデータによる臨床研究を大事にして参りたいと考えてい ます。
  まず、平成 24 年から、三重県周産期症例検討会を開始いたしました。これは、三重県における 5 つの周産期センターの現場で診療にあたっている産科側と新生児側の医師、約 10 名余りが、診療した死産、新生児死亡、および脳障害が予測される症例を持ち合い、検討する会です。4 ヵ月毎に、三重大学で開催しています。平成 24 年は、全三重県において、19 例の死産、15 例の新生児死亡、30 例の周産期脳障害が予想される症例を検討いたしま した。症例検討上、浮かび上がった問題をまとめて、三重県における周産期の現状と課題 を報告する予定です。
   また、三重県婦人科癌登録事業が、三重県産婦人科医会との共同事業として、平成 24 年 1 月からスタートいたしました。これは、上皮内癌、子宮内膜異型増殖症、境界悪性卵 巣腫瘍および胞状奇胎以上の、婦人科悪性腫瘍を登録していただく事業です。全県下とし て、このような事業を、一次施設と一緒に行っている都道府県はなく、HPV ワクチンの効果など、我が国のがん対策に関する貴重なデータがでてくるものと期待しております。
  さらに、平成 24 年 11 月から、日本医療機能評価機構による産科医療補償制度の見直しのため、脳性麻痺児の発生頻度に関する医学的調査のモデル県として、沖縄県、栃木県とともに三重県が指定され、調査が開始されました。これは、われわれが目指す、三重県全 体をフィールドとした研究の基盤を作る上で、またとないチャンスであり、現在多くの施設、や先生方の協力を得ながら進めています。

  以上、3 項目とも順調な経過をとっているものと考えており、これもひとえに三重県産婦 人科医会の先生方のご支援と、三重大学産科婦人科学教室の 70 年の伝統に支えられたものと感謝申し上げます。本年もよろしくお願いいたします。