2016/07/25

胎盤由来の妊娠合併症とタダラフィル


 三重大学産婦人科同門会の先生方には、日ごろから一方ならぬご支援をいただいており、ありがとうございます。今回は、三重大学産婦人科が中心となって行っている研究についてご報告します。

(1)胎盤由来の妊娠合併症
 胎児発育不全(fetal growth restriction, intrauterine growth restriction)と妊娠高血圧症候群(preeclampsia)は、胎盤由来の妊娠合併症placental origin of pregnancy disorders)の代表的なものです。胎盤形成の過程で最も重要な一つに、妊娠8週ごろから18週ごろまでに起こる、「子宮らせん動脈のリモデリング」という現象があります。胎児栄養膜細胞は母体の組織に根を下ろした後に、脱落膜や子宮筋層までも遊走するのです。この細胞を絨毛外栄養細胞(extravirous trophoblast)と呼びますが、この浸潤の仕方は、まさにがん細胞のようです。この浸潤の主な目的は、胎児への酸素や栄養素をより多く運ぶために、子宮らせん動脈を、大きなドカンのような血管に様変わりさせるためです。(図1)

(図1) 正常と妊娠高血圧腎症における、子宮らせん動脈のリモデリング
                (Williams Obstetrics, 24th editionから)



絨毛外栄養細胞は自らが、血管内皮や血管筋層に置き換わっていくのです。そのため、母体血と胎児由来の絨毛が接触する空間である絨毛間腔の酸素濃度は、この時期に、急速に上昇していきます。(図2)
(図2) 妊娠週数と、絨毛間腔の酸素濃度(薄青、青、濃青)と臍帯静脈の酸素濃度(赤)
                (Ilekis JVら、Am J Obstet Gynecol, 2016から)
この「リモデリング」が障害されると、絨毛間腔への血流増加が不足し、胎児への酸素と栄養素が充分ではなくなります。その結果、胎児の発育が滞ることになるのです。このような胎児発育遅延(fetal growth restriction)は、妊娠3234週までに起こることがほとんどと考えられており、早期発症胎児発育不全(early onset FGRと呼ばれています。また、絨毛にある栄養膜細胞特に、複数核をもつ合胞体栄養膜細胞(syncytiotrophoblast)からは、胎盤増殖因子(placental growth factorPlGFなど、胎盤の血管新生を助ける因子を出し、さらに胎盤を大きくする働きがあります。したがって、胎盤形成期に母体血中の胎盤増殖因子濃度を測ると、胎児発育遅延の発生が予測できるとする報告もでています。
 ガス交換や栄養に必要な、胎児と母体血が接触する絨毛間腔への血流減少や酸素化が不足すると、胎盤増殖因子の分泌が減るのみでなく、血管増殖や新生を妨げる因子も放出されるようになります。代表的なものは、血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)のリセプターでありながら、血中に遊離している物質でsVEGFRまたはsFlt-1と呼ばれます。sVEGFRは主に、絨毛の合胞体細胞から分泌されるといわれますが、これは、先ほど述べた、胎盤増殖因子にも結合し、全身の血管内皮障害を起こす原因となります。全身の血管内皮障害は、血圧上昇につながり、腎臓の血管内皮が障害されればタンパク尿がでます。また、肺血管は肺水腫につながり、肝臓では肝酵素濃度が増加するヘルプ症候群という疾患が起こるのです。まさに、これが妊娠高血圧症候群です。最近最も信じられている妊娠高血圧の仮説は、「2ステップ仮説」と呼ばれるもので、らせん動脈リモデリング不全と血管増殖・新生を妨げる因子の分泌の2ステップです。
(2)胎盤由来の妊娠合併症に対するこれまでの治療
 胎児発育不全と妊娠高血圧症候群の病態を述べてきましたが、この病態を根本的に治療する方法は、現在のところありません。胎児発育不全は、様々な原因でおこるとされています。たとえば、18トリソミーなどの染色体異常、多発奇形、トキソプラズマなとの先天性感染症などが有名です。また、絨毛間腔に血栓ができてしまう抗リン脂質抗体症候群などもあります。先天異常であれば治療というよりも診断が大事でしょう。また先天性感染症であれば胎児に微生物がいかないようにする抗生物質も効果が認められています。また、血栓ができるのであればヘパリンやアスピリンといった抗凝固・抗血小板療法も効果があるといわれています。しかし、ほとんどの胎児発育不全の原因である、胎盤形成の異常、すなわち「らせん動脈リモデリング障害」は、治療する方法が全くありません。胎児が子宮内で死亡しないように、また障害が不可逆的にならないように、超音波検査や胎児心拍数モニタリングで監視して、できるだけ妊娠を継続し、胎児を成長・成熟させることが唯一の管理法です。
 妊娠高血圧症候群の治療も、似たようなもので、胎盤を娩出することが唯一の根本的治療です。母体の臓器障害、たとえば子癇、肝機能障害、血小板減少、肺水腫などがでてきたら、娩出しこれ以上病態が進まないようにすることが、最も重要な管理のポイントになります。もちろん、胎児の管理は、先に述べた胎児発育遅延のそれと同様です。
(3)ホスホジエステラーゼ5阻害剤、タダラフィル
 この胎児発育不全と妊娠高血圧症候群の病態に根本から迫る新治療法を、われわれ三重大学産婦人科教室が中心となって開発しています。以下に、この現状をお話ししたいと思います。
 わたしは、前任地の国立循環器病センターの周産期・婦人科で、多くの循環器疾患合併の妊娠を治療してきました。循環器病の中で、「肺高血圧症」は、死亡率が30%以上という報告もあり、最も危険な妊娠合併症です。近年、この肺高血圧症に対する治療薬が、数々開発されてきており、妊娠中でも安全に使えるために、積極的に投与しました。タダラフィルはその中の一つで、細胞内のホスホジエステラーゼ5という酵素を阻害する薬です。肺血管の拡張には、一酸化窒素(NO)が非常に重要な役割をしています。NOが働くと、血管平滑筋細胞内のサイクリックGMPcGMP)という物質の濃度が高まり、これが細胞内のカルシウム濃度を低下させ、最終的に血管平滑筋が弛緩します。このcGMPを代謝して不活化する酵素がホスホジエステラーゼ5であり、この酵素を阻害すると細胞内のcGMPの濃度が高くなり、血管平滑筋を持続的に弛緩させ、結果的に肺血流が増加するのです。(図3)
(図3)タダラフィル・シルデナフィルの血管内皮と血管平滑筋への機序
2009年にタダラフィルが市販されるのですが、肺高血圧患者の予後が劇的に良くなりました。我々が、このタダラフィルを妊娠中に投与した3例は、母親の適応により妊娠30週前後にて帝王切開で娩出したのですが、生まれた新生児が3例とも週数の平均体重よりも大きくなりました。肺高血圧を合併している妊婦は、チアノーゼがあったり、多血症があったりして、半分ぐらいが出生週数に比べて小さいことが多いにも関わらず、胎児体重を大きくしたことに、タダラフィルは肺血管を拡張すると同時に、子宮などの内性器への血管も拡張させ、その結果、胎児への酸素や栄養素が増え、体重増加につながったのではないかと考えていました。タダラフィルの適応疾患として、肺高血圧症以外に、内性器の血流増加を狙った、勃起不全や前立腺肥大があるのも、うなずけます。
(4)タダラフィルとシルデナフィル
 そうなのです。タダラフィルは「バイアグラ」の商品名で有名なシルデナフィルの、作用持続時間を長くしたものなのです。シルデナフィルも、勃起不全の他に肺高血圧の適応もあります。シルデナフィルの半減期が4時間にくらべて、タダラフィルは4倍以上も長い17時間です。また、シルデナフィルが食餌とともに服用すると、吸収が低下するのに比べて、タダラフィルは食餌に影響されなく一定の吸収量が得られる、という有利なところもあります。さらに、網膜細胞に関係があるホスホジエステラーゼ6阻害剤との交差性も、70倍少なく、網膜の副作用も少ないといわれています。
 さて、その後文献を調べてみたら、胎児発育不全や妊娠高血圧症候群に対して、シルデナフィルが動物実験や症例の少ない臨床研究に試されていることを知りました。やはり、世界では同じことを考える人がいるものです。
 動物実験では、胎児発育不全マウスモデルにおいて、シルデナフィルで有意に体重が増えた報告、妊娠高血圧症モデルラットでは血圧や蛋白尿が有意に低下し、子供ラットも大きかったなどが報告されています。また、ヒトの胎児発育不全や妊娠高血圧症から採取してきた、子宮の血管は、正常な妊娠よりも収縮しやすいのですが、シルデナフィルが、強い収縮性を正常化したという報告があります。ヒトへの応用は、2009年に、妊娠高血圧腎症にシルデナフィルを投与したところ、妊娠延長がコントロールでは4日であったのが、やはり4日で効果がなかったという残念な結果であり、それ以後は妊娠高血圧症候群には応用されていません。2011年には、早期発症の重症胎児発育不全10例にシルデナフィル治療を行い、従来的に管理した17例と比較した研究が発表されています。シルデナフィルを投与すると腹囲の伸びが有意に大きくなったという結果ですが、大きなインパクトを持つものではありませんでした。しかし、現在、英国、アイルランド、オランダ、オーストラリア、ニュージーランドでSTRIDER研究という、胎児発育不全に対してシルデナフィルを用いる、前向き研究が進んでいることも知りました。(20165月には、オーストラリア・ニュージーランドの研究代表者であるKatie Groom先生と意見交換してきました)。
(5)我々の研究の現状-胎児発育不全とタダラフィル
 20157月に、タダラフィルを胎児発育不全に投与した最初のケースを経験し、その効果に驚きました。妊娠22週における妊婦健診でそれまであった羊水が全く無く、かつ胎児推定体重も-2.6SD309gでした。三重大学の医療の質倫理検討委員会の承認を受け、患者さんに同意を得た後に、120㎎1錠を毎日内服してもらいました。その後、1週間で膀胱に尿がたまりだし、羊水量が増加しました。また、停滞していた推定体重も1週間に約50gづつ、再度増加し始めました。30週ごろから羊水が再度減少しはじめ、胎児心拍数モニタリングで変動一過性徐脈が時々出ることと、321000g以上であれば、インタクトサバイバルが充分見込まれることから妊娠32週で帝王切開し、1024gの男児を得ました。現在、全く異常無く発育されています。
 この症例に勇気づけられ、医療の質倫理委員会で10例前後と投与例を増やすとともに、安全性を確認する第一相試験を計画しました。これは、タダラフィルを1日に10㎎、20㎎、40㎎と増加させることで、副作用の大きさを調べるものです。201511月に、三重大学医学部倫理委員会で承認された後に、臨床研究開発部とも共同し、計12例の症例に応用し、20167月に終了する予定です。TADAFER I研究(TADAlafil for Fetus with Early-onset Restriction)と呼びますが、40㎎まで増加させても、投与初めの3日間の軽い頭痛のみで、これも自然と治っていくという軽いもののみでした。妊娠中に副作用が少ない理由は、妊娠自体が一酸化窒素の作用が増加し、全身の血管が拡張している状態であり、タダラフィルによるさらなる血管拡張には慣れの現象が起きているのでは、と考えています。何よりも、胎児発育不全症例をご紹介いただきました、三重県産婦人科医会の先生方に感謝申し上げます。
(6)有望な結果
 これまで、上記の医療の質倫理委員会やTADAFER I研究での11例を、妊娠週数、胎児推定体重標準偏差値などをマッチングした従来の治療法14例と比較検討しました。(表1)研究の開始は、従来群28週、タダラフィル群31週とやや、タダラフィル群の方が遅めですが、有意差はありません。開始時の推定体重の標準偏差は両群で差はありません。
  出生週数は従来群が33週であったのに比較して、タダラフィル群は36週でした。出生体重はタダラフィル群が平均1858gと従来群の1391gよりも有意に重かったです。また、従来群が85%とほとんど帝王切開になっていたのに比べて、タダラフィル群は45%と半分以下でした。また、新生児呼吸窮迫症候群の割合も、有意にタダラフィル群で低下していました。一日当たりの、胎児の体重増加も17.6 g/日と従来群の12.8 g/日と有意に多くなりました。(図4)後ろ向き研究ではありますが、タダラフィルの胎児発育不全に対する有効性が証明されたと考えます。
幸いなことに、20164月には、日本医療研究開発機構(AMED)から妊娠高血圧症候群と胎児発育不全の克服を目的とした、ホスホジエステラーゼ5阻害剤タダラフィルによる新規予防法と治療法の開発という研究開発課題名で研究費を獲得しました。現在は、第23相試験(TADAFERI II研究)として、多施設共同研究を推し進めているところです。詳細はホームページを建設中で、適宜アップデートいたしますので、ご覧ください。
(7)妊娠高血圧症候群に対するタダラフィル効果
 TADAFER I研究を進めていく中で、タダラフィルが妊娠高血圧腎症の病態そのものを改善したと考えられた症例を経験しました。妊娠27週の妊娠高血圧腎症、すなわち妊娠中に起こった高血圧と蛋白尿と、胎児発育不全の症例です。この例は、17gもの蛋白尿が出ていたのですが、タダラフィル40/日内服3日後には、1gを切るまでに低下し、血圧も正常化しました。この変化は、母体血中sFlt-1の低下(12,300 pg/mlから7760 pg/ml)と、血中PlGFの増加(48 pg/mlから124 pg/ml)を伴っていました。妊娠高血圧症候群で血圧を下げる薬は存在しますが、蛋白尿がこのように劇的に改善することは初めての経験でした。また、この改善が、妊娠高血圧症候群の病態として注目されている母体血中の血管増殖・新生を妨げる因子のレベルを低下させ、血管発育因子の増加を伴っていたのです。この症例を通して、妊娠高血圧症候群に対しても、上手に使えば、タダラフィルは「夢の薬」になるものと思っています。現在、タダラフィルの妊娠高血圧症候群に対する効果の研究、TADAFEP研究(TADAlafil for Fetus with Early-onset Preeclampsiaを計画中です。(詳細はホームページをご覧ください)
 以上、タダラフィル研究を述べてきましたが、これも三重県産婦人科医会、三重大学産婦人科同門会のご協力を得て、開始できたものです。これまで治療法の無い、胎盤由来の妊娠合併症である胎児発育不全と妊娠高血圧症候群に対する「夢の薬」であり、30年に1度の薬の開発が可能と考えています。なにとぞ、今後とも患者様のご紹介とともに、ご協力よろしくお願いいたします。

2016/03/04

プレー中のウイット


 暮れに、噺家の桂きん枝師匠とご一緒にゴルフをプレーさせていただきましが、ゴルフの腕前はさすがで、特にアプローチショットが抜群でした。「師匠はアプローチがお上手ですね」と語りかけると、「寄せ(寄席)で生きていますから」と軽妙な答えが帰ってきて、さすが、と唸りました。ゴルフのプレーではこのような会話でグッと場が楽しくなりますが、今回はプレー中のウイットと題していくつかのレパートリーをご披露したいと思います。

 まず、定番なのが歌手や有名人の名前がついたものがあります。

「淡谷のり子」:往年のブルースの女王で、グリーンに惜しくも乗らなかったときに使う。「三浦届かず(友和)」:山口百恵の旦那さんですが、これもショートで届かなかったとき、「神田正輝」:タレントで、ボールにダフリ気味に厚く入り、ショートしてしまったとき、:「野口五郎」:新御三家の歌手ですが、トップして、ゴロの打球になったとき使う、などです。

 最後の野口五郎さんは、かなりのゴルフの腕前らしく、コンサートの際のトークで、新幹線の特別車がガラガラで、野口氏一人乗っていた時、車掌さんから「お客様はゴルフがお上手なんですね」と言われたときのことをジョークしています。「なぜ、わかるんですか?」の答えは、「だって、グリーン(車)に乗っておられるのはお客様お一人ですから」と。

 その他、打ったボールの軌道が右に逸れたときは「安倍内閣」、左に逸れたときは「共産党」などということもあります。

 これらのギャグやジョークを最も教えていただいたのが、前兵庫県立がんセンター院長、現兵庫県病院事業管理者の西村隆一郎先生で、私の郷里の先輩です。西村先生とは、ゴルフを度々ご一緒させていただくのですが、いつも最初から最後までジョーク漬けのプレーになります。しかし、氏のそれは、かなり気品のあるものです。

「ゴルフは3回も楽しめるスポーツだ。すなわち、コースに行くまで、プレー中、プレー後である。ただし、内容は、期待、絶望、後悔の順に変化する。」

「ハンディ30の人は、ゴルフをおろそかにする。ハンディ20の人は、家庭をおろそかにする。ハンディ10の人は、仕事をおろそかにする。ハンディ5以下の人は全てをおろそかにする。」

「私達の亡きあと、相変わらず皆がゴルフに打ち興じるかと思うと、死んでも死に切れない」

など、数多くの名言?を残しておられます。

 おそらく、野球、サッカー、テニスなどはこのようなウイットを試合途中でいうことは少なく、ゴルフ特有のものでしょう。機転の利いた一言というのは、日常生活でも、グッと相手の気持ちに飛び込んでくる場合があり、みなさんも、自分の人柄に合った、多くの「ウイットの引き出し」を持っているといいですね。

2016/02/26

新しい専門医制度と三重大学産婦人科専門研修プログラムの優位性


2017年(平成29年)から、日本専門医機構が管理する「新専門医制度」が発足します。われわれも、三重大学産婦人科教室が基幹施設となる「三重大学産婦人科専門研修プログラム」を作成しました。今回は、この新しい専門医制度によって、産婦人科医師の卒後教育がどのように変化し、それに対して私たちはどのような対策をとっていくべきかについて、お話しいたします。三重大学病院を基幹施設とし17の連携病院からなる、三重大学産婦人科専門研修プログラムの優位性についても述べたいと思います。

 
1.これまでの産婦人科専門医制度との違い

 現在行われている産婦人科専門医制度は、日本産科婦人科学会が認定しているものです。

3年間の履修を終えたのち、7月にある専門医試験を受験し、合格することで取得できます。(図)これ自体は、取得するメリットも少ないと考えられており、目標として「あいまいな」ものとなっていますが、その後のサブスペシャルティーの取得は、若い産婦人科医師にとって魅力的です。周産期専門医(母体・胎児)、産婦人科腫瘍専門医、産婦人科内視鏡専門医、生殖医療専門医は、専門医養成施設の施設認定にも必須であるため、病院職員がサブスペシャルティーを所有していることは施設の診療内容の充実につながり、重要です。
図1.これまでの専門医研修制度と、新専門医研修制度(三重大学産婦人科研修プログラムの例)
 
 それでは、新専門医と現行の専門医制度とどのように違うのでしょうか?大きく違うところは、以下の2つでしょう。
(1)専門医研修3年間のうちに同一施設には最長2年間しか所属できない
基幹病院に最長2年間しか所属できないことがどれだけインパクトがあるのでしょうか?一番困る施設は、2004年の新研修医制度において人気のあった、たとえば亀田総合病院、三井記念病院、聖隷浜松病院などのいわゆる「マグネット病院」でしょう。初期研修としては、救急医療やコモンディジーズが多く経験できる施設に人気がありました。これらの施設は、初期研修で集めた医師の中を、あと3年間、後期研修として人員が確保できましたし、その中で優秀なものはスタッフの道も開けるという競争的な制度が功を奏し、発展してきました。一方、大学病院は、救急医療やコモンディジーズが十分に経験できず、医学部卒業生に敬遠されています。しかし、今回の新専門医制度は、基幹病院でも最長2年間しか在籍できず、「マグネット病院」にとっては、良い「連携病院」探しがキーとなっています。おそらく、これらの施設は、関連の大学病院と連携することが多いものと予想します。一方、大学医局としては、これまで通りの研修システムでよく、より専門性を求めた今回の改定は大学医局に有利に働くと考えています。
 
(2)専門医取得上、求められる経験症例数がより高度で広くなってきた
新産婦人科専門医研修プログラムでは、表1のように、①生殖・内分泌領域、②婦人科腫瘍領域、③周産期領域、④女性のヘルスケア領域の4領域から、幅広く、かつ多くの症例を経験しなければなりません。したがって、がんセンターや周産期センターなどで、その専門外の症例を経験することは容易でなく、他の充実した施設と連携する必要があります。また、地方では症例数の確保が難しいことが予想され、2004年からの新研修医制度の開始時と同様に、都市部と地方との医師の偏在が起こることは必発でしょう。地方におけるプログラムの一つである三重大学は、都市部の連携施設と組むことによって、この点を克服したと考えています。
 
以上2点を踏まえて、今回、三重大学を基幹施設としたプログラムを作成しました。今後は研修プログラムの優劣が、全国的に比較されるようになると考えられ、プログラムに入る初期研修医はより地域や出身大学を超えて全国から応募が期待できると思います。
 
表1.新産婦人科専門研修プログラムで経験が必須な最低症例数
---------------------------------------------------------------------------------------------------------
1. 分娩症例150例以上(帝切を含む)
2. 帝王切開:執刀医として30例以上
3. 前置胎盤あるいは常位胎盤早期剥離症例の帝切 執刀あるいは助手として5例以上
4. 子宮内容除去術あるいは子宮内膜全面掻爬を10例以上
5. 腟式手術(円錐切除術、頸管縫縮術を含む)10例以上
6. 子宮付属器摘出術あるいは卵巣嚢胞摘出術 10例以上(腹腔鏡手術でもよい)
7. 単純子宮全摘出術執刀 10例以上(開腹手術5例以上を含む)
8. 浸潤がん手術 執刀あるいは助手として5例以上
9. 腹腔鏡下手術 執刀あるいは助手として15例以上
10.   不妊症治療チームの一員として不妊症の原因検索、あるいは治療に関わった 5例以上
11.   採卵または胚移植 術者あるいは助手 5例以上
12.   思春期や更年期以降の女性の医療(HRTを含む) 5例以上
13.   OC/LEPの経験 5例以上
---------------------------------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
 
2.三重大学産婦人科専門研修プログラムの優位性
(1)  三重大学附属病院で全てを学べると同時に、各分野の超一流の施設と連携した
 それでは、三重大学産婦人科専門研修プログラムの優位性を述べたいと思います。第一に、各分野の超一流の施設と連携体制を取ったということでしょう。しかし、もっと大事なことは、ただ単に大学附属病院で経験できない領域を「アウトソーシング」するのではなく、常に大学でも診療できるような努力が必要であるということです。われわれは、超一流の施設や医師の教えを乞うことは必要ですが、自分たちの施設や三重県の施設での診療の充実を常にめざしていくべきと考えています。三重大学附属病院では、①生殖・内分泌領域、②婦人科腫瘍領域、③周産期領域、④女性のヘルスケア領域の4領域とトップレベルの診療と、豊富な症例数と優秀な教育スタッフがおり、症例数、指導体制をみても自信をもって勧めることのできる充実した教育体制を確立したと自負しております。
三重大学産婦人科は、医局員がすべての産婦人科領域をカバーするという意気込みで過去、努力してきた甲斐があり、大学附属病院で、ほとんどの疾患が治療できるようになりました。しかし、その理由として、常に全国の超一流施設と交流し、教えを乞う努力を続けていったことも原因でしょう。本専門医研修プログラムを立てる上でも、このような施設に連携施設となっていただきました。
 
    生殖・内分泌領域:
三重大学研修プログラムでは、平成27年に開設した三重大学附属病院に高度生殖センターにおいて、専攻医は最低1か月の専属研修を行うことを必須としました。この1か月で、卵胞のモニター、治療方針を立てることはもちろんのこと、採卵まで経験できます。さらに、大阪にあるIVFなんば(中岡義晴院長)とIVF大阪(福田愛作院長)は、わが国の不妊症治療のトップセンターです。1か月平均40006000人の患者を診療されています。理事長の森本良晴先生との昔からの交友から、三重大学からは、常時1人以上の医局員を派遣していますが、三重大学から派遣した医師は、1年間で500件以上の採卵が経験できます。
    婦人科腫瘍領域
 三重大学には、腫瘍専門医が3人以上は常置しており、婦人科手術は月45件平均であり、悪性腫瘍手術も年間100件以上あります。兵庫県立がんセンター(山口聡産婦人科部長)は、年間600件以上の悪性腫瘍の手術があり、わがくに有数の悪性腫瘍の専門機関です。子宮頸癌の手術数で日本一になったこともあります。私は、前産婦人科部長、前院長の西村隆一郎先生と懇意であり、平成27年に同センターの退職者が多かった関係から、三重大学からの医師派遣を要請されました。このような経緯から、今回連携施設に入っていただきました。
    腹腔鏡手術
 腹腔鏡手術は、産婦人科手術のまさにパラダイムシフトであり、その対象疾患を悪性腫瘍まで広げてきています。私は、産婦人科医にとって腹腔鏡手術は、帝王切開のように必須手術だと思っています。誰もが、循環動態が安定している子宮外妊娠は、腹腔鏡手術ができるべきでしょう。指針でも、表1にあるように履修が必須であり、15例は執刀医か助手に入らなければいけなくなりました。三重大学でも腹腔鏡手術を年間150200症例行っており、子宮体癌Ia期も保険適応として年間12例以上行っています。また、子宮頸癌にも広げ、ロボット(ダビンチ)手術にも取り組みつつあります。しかし、わが国で最も症例数が多く、最も最先端を行っているのは、安藤正明先生が院長をされている、倉敷成人病センターでしょう。年間1300例の腹腔鏡手術を行っておられます。三重大学は、安藤先生に手術指導を受け、また日本やタイでの先生が主催なさる講習会に定期的に参加させていただいております。三重大学からも、常時、専攻医を派遣することもあり、今回連携施設に入っていただきました。
 
1. 三重大学産婦人科研修プログラム連携病院(県外)
(1)  周産期と循環器病の専門性を追求する我が国唯一のプログラム
 基幹病院におけるプログラム作成には、専門研修プログラム整備基準に沿って進めることになります。たとえば、産婦人科の4つの領域を隈なく研修するように指導されています。しかし、プログラム整備基準にもあるように研究マインドを持つことも必要です。三重大学産婦人科研修プログラムでは、循環器病を合併した母体と胎児の医療を学べ、研究発表を行なえ得ることをアピールしたいです。循環器病は、約100人に1人は先天性心疾患などの循環器病合併妊娠であり、同じく約100人に1人は胎児心臓病であり、日常診療で比較的よく遭遇する疾患です。昨年の、三重産婦人科医会報に書きましたが、2014年(平成26年)5月から東京府中市の榊原記念病院に産婦人科の診療を、桂木真司部長のもとで開始し、現在は医師計5人になっております。母体胎児の循環器病合併症例の分娩は月に約15件となり、胎児心疾患は年間約60例と全国のトップレベルです。つい最近、分娩後の急性心不全に、大動脈弁置換術とともに補助人工心臓を装着し、救命した例を経験するなど、着々と成果を出しています。榊原記念病院は、2014年の分娩は全体では100件未満であったため、プログラムの連携病院の申請は2016年度となりますが、症例数は月ごとに増加しており、専攻医にとって魅力的な研修病院と思います。また、私の前任地であります国立循環器病研究センター周産期・婦人科も年間訳100件の循環器病合併妊娠と、約40件の胎児心臓病の症例が経験でき、連携病院となってもらいました。
図2.三重大学産婦人科研修プログラム連携病院(県内)
 
(1)  周産期1次施設と組んだユニークな構成
 他の産婦人科プログラムでは、公的病院とのみ連携を結んでいるところが多いと思います。しかし、プライマリーケア、正常妊婦健診・分娩、病診連携など多くのことを学ぶ必要があります。三重大学産婦人科専門研修プログラムのユニークなことは、分娩数が多く指導体制が充実している周産期1次施設に連携病院となっていただいたことでしょう。医会報にも書きましたが、三重県においても2次周産期施設の分娩数が激減し、1次と3次施設へのシフト、すなわち「2極化」がおこっています。したがって、多くの妊娠、分娩症例を経験するために、1次施設との連携は必須と考えています。プログラムでは、1)前年度の診療実績、2)専門研修指導医数および専攻医数、3)前年度の学術活動、4)カンファレンス・抄読会の数、文献検索システムの有無などの施設状況、5)サブスペシャルティー領域の専門医数などを年ごとに報告しなければならず、指導体制が充実していると判断した「ヨナハ病院」、「白子クリニック」および「森川病院」の3施設に、連携病院となっていただくようにお願いしました。上記の1)~5)の充実とともに、周辺の婦人科診療施設との連携も考慮しながら、進めてまいりたいと思います。
 
(2)  新生児集中治療室(NICU)勤務を勧める
 新生児集中治療室(NICU)における経験は、産婦人科専門医は必須ではありません。また小児科専門医取得でも行うべき領域ではあるものの、決して必須となっていません。NICUと新生児医療は、産婦人科が行う周産期医療には無くてはならないものです。小児科では、NICUは「チョイス」ですが、われわれ産婦人科は「マスト」な医療です。したがって、平成28年度の入局者から、NICUでの研修を最低2か月行うことを薦めています。ほとんどが、三重大学附属病院のNICUで行いますが、その他の行いうる施設であれば、小児科との協力体制のもとで、連携施設のどこでも良いと考えています。
 
(3)  僻地の専門医研修はない
 三重大学のような地方大学は、産婦人科医療、特に周産期医療のために、専攻医に人気のない過疎地に医師を派遣することが多いです。しかし、三重大学プログラムでは、いわゆる「僻地」研修は全くありません。平成283月をもって、30年以上続けてきた東紀州地域の常勤医の派遣を休止しました。その結果、三重大学専門研修プログラム連携施設での最南端は、伊勢日赤病院となります。専門研修プログラム指針には、地域医療・地域連携への対応や地域において指導の質を落とさないための方法など、都市と地域との医師偏在を防ぐための方策が書かれていますが、今回の新専門医制度によって、結果的に地域差がさらに生まれることに繋がるものと予想しています。三重県全体が地域ですし、地域の産婦人科医療をベースに研究すること、すなわちpopulation based studyをわれわれは目指しているため、地域をおろそかにしているわけではないと思っております。
 
おわりに
 専門医研修プログラムにおいても、若者が何と望んでいるのかを考えながら、常にアップデートしていかなければなりません。同門会の先生方のさらなるご支援をよろしくお願い申し上げます。