2014/07/01

榊原記念病院における産婦人科開設と、「心臓病と妊娠」の研究

はじめに
  2013 年(平成 25 年)4 月から、東京府中市の榊原記念病院に産婦人科を三重大学の関連 病院として開設いたしました。320 床の循環器病専門センター5 階の 429m2 と広いスペー スに、15 床の病室と、陣痛分娩開腹室(LDR)2 室、手術室 1 室がオープンしました。ま た、隣接したフロアに、新生児集中治療室(NICU)もできあがりました。宮崎大学の後輩 で、三重大学医局員である桂木真司先生が部長として赴任し、1 年以上の間、看護師確保、 周辺医療へのあいさつ、診療マニュアルの整備など、開設準備に奔走してくれました。そ の間、三重大学から鈴木僚先生と紀平力先生が加わり、ホームページの立ち上げなど頑張 ってくれました。実際の診療は、平成 26 年 5 月から開始され、6 月には先天性心疾患合併 の胎児の分娩 3 件と、心疾患合併妊婦の分娩 2 件を終えました。この様な医療に、われわ れ三重大学産科婦人科教室が積極的に関与していく必要性について、以下に述べたいと思 います。

心臓病合併妊娠は意外に多い
  心臓と血管の異常を合併した妊娠の頻度はおよそ 100 妊娠に 1 例といわれ、稀な合併症 ではありません。わが国で年間約 1 万例の症例があると推定されます。私が以前勤めてお りました国立循環器病研究センターの周産期・婦人科でのデータですが、約 3 分の 1 が先 天性心疾患、約 3 分の 1 が不整脈、その他といった頻度です。これら全てを、国循のよう な高度専門施設でカバーすることは不可能ですし、ハイリスクな重症例を一般産婦人科で 管理することも現実的ではありません。したがって、症例のリスク度に応じた診療場所の 指針が必要です。私も関与しましたが、日本循環器学会が 2010 年に改定した「心疾患患者 の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン」がありますが、診療の場所や連携を具 体的に示したものではありません。
   現在わが国で、年間 40~50 例発生している妊産婦死亡の死因のなかで、心臓病と血管異 常は約 12%を占めており、重要です。年間に 5,6 例の妊産婦死亡をゼロにするために、三重大学が中心となって努力しようと思います。

胎児心臓病も意外に多い
  胎児が心臓病の頻度も、約 100 妊娠に 1 例であり、臓器別の先天異常の中では最も多い ものです。胎児心臓病の診断と治療を研究する学会は、「日本胎児心臓病学会」があります。 われわれ三重大学産科婦人科教室も、2013 年 2 月に津市で第 19 回学術集会を開催し、約 400 名のもの方々に参加していただきました。この様な学会活動と超音波機器の進歩によっ て、わが国では、胎児の心構造異常の 4 割程度が出生前診断されるようになりました。以前は、出生前診断として、単心室や左心低形成といった4腔断面像で異常がある疾患が主でしたが、現在は大血管転位、大動脈縮窄などの流出路異常が多く診断されるようになり、 さらに総肺静脈還流異常もどのようにしたら見つかるかなどが議論されています。
  また胎児不整脈に関しても、「胎児頻脈性不整脈に対する経胎盤的抗不整脈薬投与に関す る臨床試験」を高度医療として、久留米大学小児科 前野泰樹先生とともに主任研究者と して、全国的研究を進めさせていただいています。胎児心臓の問題も、意外と症例が多い ことがわかります。

三重大学は、「心臓病と妊娠」に関する診療と研究をリードするのに適した施設
  三重大学に赴任した際、三重大学における循環器病研究が極めて充実していることを知 りました。三重大学医学部の循環器内科は、伊藤正明教授を中心に、静脈血栓塞栓症、肺 高血圧症の分野で日本をリードされています。放射線医学科の佐久間肇教授は、心臓 MRI の世界的権威です。また、心臓血管外科は、新保教授を中心に、今では標準術式となった、 左心低形成の両側肺動脈バンディングを開発されました。小児循環器もまた、三谷先生は じめ、小児肺高血圧などで業績を多々出しておられます。さらに、検査医学は、血栓止血 の分野で、遺伝学的診断を高度医療として行っておられるなど、わが国のオピニオンリー ダーです。このように、「心臓病と妊娠」の診療と研究を行うために、理想的な専門家の方々 に囲まれているのです。
   したがって、国立循環器病研究センターで得た、知識、技術を、後進に伝え、三重大学 の産科婦人科教室の主要テーマとして「心臓病と妊娠」をすることができるものと考えて います。

榊原記念病院における産婦人科開設の経緯
  循環器病専門センターの公益財団法人日本心臓血圧研究振興会付属榊原記念病院の中に 産婦人科を開設することは、私がまだ国立循環器病研究センターに在職中の 2010 年に、新 たに榊原記念病院の院長に就任された友池仁暢先生から要請されました。友池先生は、国 循勤務時代に、国循院長として大変お世話になった先生です。国循での、周産期・婦人科 の活躍を、関東でも再現できないかと期待されたわけです。同病院の定例勉強会に招かれ、 職員や地域の方を前に、1 時間ほど、国循での取り組みをお話ししました。榊原記念病院が ある多摩地区における「心臓病の子供を守る会」の会長さんから、「心臓病があっても妊娠・ 出産できる病院に、この病院をしてください」と講演後に言われたのが印象的でした。当 時、国循でも十数人と医局員は増加していましたが、まだまだ責任をもって人材を派遣す る余裕もなく、「将来考えておきます」とお答えしたのみでした。ところが、その後も積極 的な勧誘を受けました。友池院長のみでなく、数人の方々からでした。その中でも、循環 器小児科部長の朴仁三先生が、宮崎医科大学の私の一つ下の後輩であり、副院長で小児心臓外科の高橋幸宏先生は、宮崎県延岡市のご出身であることがわかり、ご縁を感じており ました。高橋先生は、小児心臓の手術を年回 200 例以上行っている外科医 4 人の会“two hundreders の会”のメンバーですが、「ぜひ胎児心臓病の分娩が榊原でできるように」と要 望されました。
  三重大学に赴任後、人材も増えてきたときに、実現可能と判断しました。そして上述し たように、2013 年 4 月に桂木真司先生が部長として赴任し、準備体制となりました。

東京に関連病院を持つ意義
  東京にある榊原記念病院に、地方大学である三重大学産科婦人科から人材派遣をする意 義を述べたいと思います。まず、三重大学医学部の卒業生の多くが、一度は東京で医療を 学びたいという希望が少なからずあることです。「都会志向」といっては、それまでですが、 最も人が集まる東京で、何か新しいものを身につけ、新しい自分になれるのを憧れる気持 ちは、若者独特の向上心の表れではないでしょうか?また、実際、国の行く末を決める会、 学会でもそうですが、重要なことを決める会が東京に集中していることも事実です。2020 年に東京オリンピックが開催されることが決まり、これからますます交通、流通、文化、 政治など全てに渡って東京に活気がでてくることが予想されます。
   われわれ三重県に住んでいても、常に東京は意識すべき場所です。三重県庁も同様の考 えがあり、2013 年(平成 25 年)に三重県東京事務所、通称「三重テラス」が東京日本橋 にオープンしました。かつての三井高利を代表とする伊勢商人は東京に積極的に進出しま したし、現在、三重ゆかりの企業が日本橋には多くあります。鳥羽の、御木本幸吉も、1896 年(明治 29 年)に人工真珠の養殖に成功し特許を取得しましたが、たった 3 年後に、東京 に御木本真珠店を開設しています。
  このような理由で、三重大学産科婦人科学教室も「東京に出店を出す」ことは、教室の 発展のために悪い事ではないと思っています。

今後に向けて
  インフラは整いましたが、「心臓病と妊娠」ならば三重大学産科婦人科学教室だと世間か ら認めていただくためにも、この分野にフォーカスをあてた診療、教育、研究が大事にな ってきます。同門会の皆様のご理解とご協力をお願いいたします。