2012/03/19

三重県立総合医療センターと市立四日市病院の産婦人科医師の協力体制について

  三重県立総合医療センターと市立四日市病院は、四日市市にあり、同市のみならず三重県北部、北勢医療圏の、高次医療センターとして機能しています。産婦人科医療に関して は、高次病院、かつ地域周産期センターの役割を担う重要な病院です。どちらも、三重大 学産科婦人科学教室から、多くの医師を派遣しており、大切な産婦人科医師の研修病院で もあります。北勢は県下で、人口も出産数も唯一増加しており、県は、平成 24 年度から、 市立四日市病院を三重中央医療センターに次ぐ第2の総合周産期センターとして指定する 予定です。そこで、最も大きな障害となるのが、産婦人科医師の確保問題です。しかも、 市立四日市病院に勤務しておられた、3 人の医師が、平成 24 年 4 月から退職や休職される ことになり、現在の 7 人から 4 人となってしまうことになったのです。このお話は、平成 23 年 11 月 7 日、三重大学に、市立四日市病院の一宮院長と、辻統括産婦人科部長、三宅産婦人科部長がお越しになり伺いました。
  そこで、我々三重大学産科婦人科学教室として、市立四日市病院の医師が市立四日市病院以外で勤務することをお許しいただくことと、その代わりに、県立総合医療センターの 医師が、市立四日市病院に応援勤務をした場合に、相応の報酬をしていただくことをお願 いしました。四日市市にある2つの総合病院を、1つの医師群でカバーする構想を提案い たしました。以下に、このことのメリットを述べ、その後の経過を報告させていただきま す。

1.マンパワーの必要なときに、より多くの医師が確保できる
  産婦人科、特に周産期医療は、夜間に分娩が重なるなど、忙しい時と、そうではなく比 較的時間に余裕がある時の、波が大きい医療です。例えば、品胎妊娠の妊娠高血圧腎症症 例の早産分娩などは、6人以上の産婦人科医が必要です。したがって、安全な産婦人科医 療を確保するためには、リアルタイムに必要な医師を、有効に増加させるシステムを構築 することが重要です。いわゆる「最大瞬間風速を上げる」仕組みが必要なのです。
   このシステムを作っていくときに障害となっているのが、勤務医の就業規定です。すな わち、勤務医病院以外の診療を禁止すること、勤務医病院以外から報酬を得ることを禁止することです。
   しかし、現在のように産婦人科医師数が少ないときに、総合と地域の周産期センターで ある両病院において、人手の要る事態が起こった時、安全な医療を提供するために、どうすればよいのでしょうか?自院の医師数が少なければ他院の医師の応援を得ることは、安全のために、ごく当たり前のことだと思います。したがって、県立総合医療センターで必 要であれば、日夜を問わず市立四日市病院から応援にかけつけ、また逆に、市立四日市病 院へ県立総合医療センターに応援に出かけることは、患者さんの安全のために必要である と考えております。
 
2.よりレパートリーの広い産婦人科研修が可能となる
  若い研修医を派遣する場合、その病院における研修内容は、研修医にとって最も重要な 関心事です。したがって、複数の病院の移動が可能となり、研修にレバートリーを持たせ ることができれば、研修医が行きたい病院群となると考えています。たとえば、県立総合 医療センターの産婦人科では、県下で最も数多い腹腔鏡手術を行っておられます。一方、 市立四日市病院では、骨盤臓器脱に対して、tension-free vaginal mesh (TVM)を手掛けて おられます。また、市立四日市病院においては、妊娠28週未満の超低出生児の分娩が習 得できます。研修医や専攻医が、2つの病院にまたがって研修できれば、より研修内容も 充実すると考えます。ひいては、若い医師が産婦人科を志してくれるようになるのではと 期待しています。
 
3.医師の待遇がより良くなる
  これまでは、他科にくらべて労働量の多い産婦人科勤務医の待遇改善策として、分娩手 当や時間外手当の支給などが一般的でした。月の基本給与を上げることは、「他科の医師と のバランスがとれない」という理由でご法度でした。しかし、以下の話は知り合いの医師 から聞いた話ですが、自分の勤務病院で頑張っている医師と、院外からの応援医師との待 遇のアンバランスを象徴するエピソードだと思います。ある公立病院の一人医長で頑張っ ておられる 60 代の先生が、土日を利用して学会に行くために、自分の出身大学の医局に頼 んだところ、土日で 50 万円以上の当直料を要求されました。しかし、背に腹は代えられないと、その公立病院は支払い、常勤医の後輩である産婦人科医が土日当直に来たのです。 当直医は、当直中、仕事らしい仕事はせず、陣痛発来患者の入院の対応を行いました。常 勤医は、日曜日の夕方に帰院し、交代した後、その日の内に分娩を行いました。常勤医の 当直料は一日 1 万円余りなのですが、その 10 倍以上もの当直料が非常勤の産婦人科医に支 払われているのです。
   したがって、限度はあると思いますが、市立四日市病院の医師が県立総合医療センター の日直、外来、手術、当直などを行い、その逆に、県立総合医療センターの医師が市立四 日市病院の業務を行い、それ相当の報酬を得ることは、医師の待遇の改善につながるのではと考えております。
 
4.その他のメリット
  われわれが、他病院に行き見学することは、極めて勉強になります。それぞれの、違っ た病院の良いところを学べるからです。三重県の病院における産婦人科は、三重大学産科 婦人科学教室で初期教育を受けた医師がほとんどであるため、手術手技にしても多くの共 通点があると思います。したがって、治療の標準化が行いやすい素地はもとよりあるわけ ですが、市立四日市病院と県立総合医療センターの医師が交流することで、治療の標準化 に近づけることが期待できます。その他には、業務可能な産婦人科医師数の増加により、 夏休み、冬休みなどの長期休暇を取得しやすくなる、両病院の交流を図ることにより、開業産婦人科医と高次医療施設の連携がどのように行われているか、北勢医療圏における産 婦人科医療の実態を把握しやすくなる、開業医からの紹介患者の窓口の一本化も可能であ り、総じて北勢医療圏の充実につながる、などが考えられます。
 
5.デメリット
  デメリットも当然あると思われ、以下に考えられるものを列記しました。
① 業務内容が増え煩雑となる:普段勤務していない病院における業務をすることとなり、 小児科など他科との連携や看護師、助産師、検査技師などの協力体制に支障をきたす可 能性があると思われます。
② 主治医性の診療が行い難くなる:医師同士の連携がより重要となり、チーム医療、グループ診療が中心となることが考えられます。しかし、これはむしろ、デメリットではな いかもしれません。
③ 病院間の移動の問題:当然、それぞれの病院間を行き来することが多くなります。
④ 医療トラブルの問題:医療事故や患者・患者家族とのトラブルなどの発生時に、他院所 属の医師が関与し医療の場合に、どのように対応するのか未解決です。
   しかし、以上のデメリット問題もあわせて、予想される問題点について、十分考慮し、 対策をあらかじめ立てていけば、総合的にみてメリットの方が多いシステムだと信じております。
 
6.その後の経過
  年が明けた平成 24 年 1 月 18 日に、市立四日市病院に伺い、一宮院長から市立四日市病院の医師が県立総合医療センターで勤務すること、その逆の勤務もあり得ることをお認め 頂きました。また、1 月 25 日に、県立総合医療センターに伺い、高瀬院長にも、大筋でお 認め頂きました。現在、県立総合医療センターの三輪事務長と、市立四日市病院の村田事 務長をはじめとした事務局の調整が行われております。
  このプロジェクトは、全国に先駆けた、産婦人科医療、周産期医療の新しい集約化のモ デルになるものと考えております。現場の医師はもとより、三重産婦人科医会の先生方の 応援をいただきますようお願いいたします。

2012/03/01

三重県における集団ベース研究(population‐based study)

  平成23年9月から、三重大学医学部産科婦人科学教室を担当させていただいております。就任の抱負として、私の在任期間中に最も達成したいと考えております目標を述べさせていただきます。
  それは、三重県における集団ベース研究(population based study)が行えるインフラを確立することです。三重大学における研究も重要ですが、それ以上に三重県という全体の産婦人科医療に対する充実に力を注ぎたいと思っております。また、臨床研究として、三重県というフィールドに関わる産婦人科医療の研究を皆で行ってゆきたいと考えております。

1.臨床データベースは正確性とフィードバック時間が重要
  まず、わが国においては、本当に臨床的に役立つデータベースが少ない現状があります。本当に役立つとは、データを基にして、臨床的・行政的に予防や改善対策を立てていく上で有用なものであり、それが短期間でフィードバックできればより効果があります。すなわち、(正確性×時間)が要求されます。たとえば、周産期医療の中で、脳性麻痺発生率は、沖縄県や鳥取県などの地域で調査されています。しかし、県全体の医療の良し悪しと関連づけられたものではありません。この沖縄県をはじめとした脳性麻痺発症率は、平成21年から開始された産科医療保障制度の準備段階で、基礎データとなりました。すなわち、年間に全国で800例の脳性麻痺が発症すると推定されたのです。発症1例あたり3000万円が支給されるため、240億円が用意される必要があり、必要経費も入れて約300億円を集めなければならないと計算されました。このために、各分娩機関からは、前年の施設分娩数に3万円をかけた保険金を供出することになったのです。しかし、実際に挙がってきた数は年間約200例であり、当初見込まれた額と大きく解離してしまいました。このエピソードは、いかに臨床的に正確なデータが必要であるかを示すものだと思います。
  一方、がん登録では、癌死亡数は比較的正確に把握できますが、癌罹患数はなかなか直ぐに把握することが困難です。死亡が死亡統計から比較的簡単に把握できるのに対して、疾患の発症は、現場の医師の登録など、手間ひまがかかり、短時間でできないことは容易に理解できます。癌の死亡率と罹患率は約4年間のギャップがあるのです。しかし、がん治療の進歩の速さを勘案すると、短期的フィードバックを行うのに4年間は、長すぎる感があります。できるだけ、短期に治療方針などが見直せるしくみの重要性しめす一例だと思います。

2.妊産婦死亡の登録と評価と予防策
  妊産婦死亡は、妊娠中または、産後1年以内の死亡と定義されますが、実際より過小に登録されていることが問題となっていました。私は、主任研究者として、過去6年間に渡って厚生労働省の科学研究費を頂き、この妊産婦死亡問題を研究しています。当初から臨床的に本当に役立つ正確なデータベースを作るのが目標でありました。様々な難問はありましたが平成21年から、日本産婦人科医会の多大な協力を得て、日本で起こった妊産婦死亡の登録と、評価を行い、防止策を提言できるシステムをやっと作ることができました。平成21年には51例の症例が登録されましたが、この数値は国の公式統計値の49例よりも多く、我々のデータ収集の方がより正確であることがわかりました。また、妊産婦死亡の発生要因などの解析が可能であり、この分析から、時間をおかずに有効な予防策を提言することが可能なインフラ作りに成功しております。

3.集団ベース研究を行う上での三重県の優位性
  三重県は、その人口規模と多様性において、わが国を代表しています。人口約170万人、出生数は約1万6000であり、我が国の約1.5%です。サンプリング数として、適切であると思います。これまで私は、全国的な周産期医療についてのアンケート調査を、数件行ってきました。この経験から気づいたことは、約1~2%のデータが集まった時点で、ほぼ傾向がわかることです。また、三重県は、北の工業地帯から、南の過疎地域まで、日本の縮図とも考えられます。人口集中に関する問題、過疎の医療の問題など、わが国の対策をたてるために、多様な特性を持った地域医療が展開されています。
  さらに、三重県の公的病院と私的な医療施設における、ほとんどの医師が三重大学産婦人科教室の出身か、三重大学と関連の深い先生がほとんどであります。この点でも、三重県全体での集団データ研究を行うのに有利であると考えております。

4.具体的な計画
  三重県周産期症例検討会:三重県における5つの周産期センターの現場で診療にあたっておられる産科側と新生児側の医師、約10名余りが、診療した死産、新生児死亡、脳障害が予測される症例を登録し、検討する会を2012年に立ち上げる予定です。私がかつて、宮崎大学に勤務していたころに、恩師である池ノ上克産科婦人科学教授が「宮崎県周産期症例検討会」をたちあげられ、私は事務局を担当させていただきました。宮崎県は、宮崎大学出身のみでなく、九州大学、熊本大学および鹿児島大学医局の出身の先生方が、それぞれの関連病院で診療していた状況がありました。そこで、平成10年から、県下6つの周産期センターの産科側と新生児側の医師約12人が一同に会して、年2回、症例検討を行いました。その結果、それぞれの参加者の用語がスタンダード化され、コミュニケーションが豊富になりました。それ以後の電話相談などを頻繁に行うようになり、ヒューマンネットワークが広がりました。平成11年に、宮崎県は全国一周産期死亡率の良い県となり、それ以後も上位に度々名前を連ねており、周産期医療先進県として全国的に有名です。三重県では、先ほど述べた理由で、医師の顔や性格などよくわかっているわけで、宮崎県よりもこの点の事業が行いやすいと考えております。幸い、三重県からもこの研究に補助をいただいており、これからの成果を期待しています。
  婦人科癌登録:わが国で正確な癌統計が県単位で取られているところはほとんどありません。教室の田畑務准教授のもとで、三重県における、婦人科癌に関する臨床データを集め、解析するプロジェクトを開始しました。子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌の3つの癌種が対象で、リアルタイムに予後調査などを行ってまいります。例えば、子宮頸癌は近年若年化の傾向があり、そのため、国から人パピローマウイルス(HPV)ワクチンの公費助成が始まっています。このワクチンの地区ごとの接種率は容易に判明するため、HPVワクチンによる子宮頸癌予防効果も判定することが可能となります。すなわち、HPVワクチンの対費用効果を実測することが可能となり、有用な臨床観察データになる可能性があります。また、県内の関連病院にて婦人科癌治療の均てん化をはかり、統一した治療法による多数の症例のデータベースを作っていきたいと考えております。

5.プロジェクトを成功するためには
  これらの集団ベース研究を成功させるために必要なことは、発表代表者を一つの施設が独占しないことだと思います。各施設からのデータベースを基にした研究ですので、当然なことなのですが、これまで多くの研究が半ばにして頓挫したのが、発表者の問題です。この度、日本産科婦人科学会の専攻医指導施設指定基準として、発表論文数が規定されるようになりました。三重県として集団ベース研究を行い、全体のデータを分担して各施設が発表することは、この論文数施設基準を充足することにも繋がるものと考えております。ぜひ、ご協力よろしくお願いいたします。