同門会の先生方には、常日頃から大変お世話になっております。本教室に赴任してから、早くも5年半が経過しました。当初目標としました①三重県で働く産婦人科医師の増加、②患者さんと医療者のための、産婦人科医療の規制緩和、③三重県全体をフィールドとした研究の促進の3つは、いまだ充分ではありませんが、まずまずの成果を得ていると思います。これも、同門会のご援助・ご協力があってのことで、感謝申し上げます。
さて、医学部における臨床講座医局の役割は、①医師の養成と生涯に渡る教育、②地域への医師派遣、③医学の発展に寄与する研究の3つでしょう。私たち三重大学産科婦人科学講座においても、この3つを充実させるために、日々努力しております。しかし、時代は常に刻々と変化しているため、われわれは先を見通した上で、ポリシー形成を行い、それに基づいて戦略を練り、医局の皆が充実した毎日を送ることを応援しなければなりません。近いところでは、新専門医制度と地域医療構想に対応する必要があります。これらに柔軟に対応するために、医局改革が必要であると考えており、以下にその内容を述べます。
1.新専門医制度と大学講座医局
平成29年4月から始まる予定の新専門医制度は、地域医療との関わりや日本医師会との関係の調整ができず、平成30年4月からに先延ばしされました。産婦人科専門医制度は、日本産科婦人科学会が主導してきた従来どおりとなりそうですが、これまでと違うところは、3年間の研修中に、専攻医が所属できる1施設の期間は最大2年間までというところです。この期間を限定されることは、極めて大きなインパクトを持っています。結論から言えば、大学講座医局の役割がこれまで以上に大きくなってくるであろうということです。これまで多くの専攻医を集めていた大学以外の「人気施設」は、少なくとも1年間は、他施設の研修を組み込まざるを得ず、多くの施設がその地域の大学病院と共同でおこなうこととなるでしょう。これまでのように、専攻医が「人気施設」で継続して働き、3年間の専門医研修の後に、その「人気施設」のスタッフをめざすことが少なくなると思います。したがって、専攻医の進路を決めるうえで、大学講座医局の役割がこれまで以上に大きくなると予想します。大学医局の最も重要な役割は、医師の教育、養成です。これは、生涯にわたるもので、最近では「キャリア支援」と呼ばれます。三重大学産婦人科学教室は、これまで以上に、専攻医教育とキャリア支援を充実させていくように努力しております。
表1に、その具体策を挙げました。
表1.三重大学産科婦人科学教室が目指す、専攻医教育
① 各専門医(婦人科腫瘍専門医、周産期専門医、生殖医療専門医、産科婦人科内視鏡技術認定医など)が取得できる施設の充実
② ハイボリュームセンターや優良専門施設との連携
③ 関連施設の診療レベルアップと連携強化
④ 各分野の研究レベルアップ
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2.地域への医師の派遣
三重県における唯一の医科大学である三重大学の医局は、県内の医療施設に人材を派遣することが重要な役割です。地域の住民のニーズに答えながら、地方における少ない産婦人科医の生活や、やりがいを満たしながら、派遣していくことが大切ですが、「言うは安し、行うは難し」といったところです。その解決策として、勤務時間内でも所属施設以外で勤務できるシステムを追及してきました。市立四日市病院と県立総合病院との連携制度がその一つです。(同門会会誌 第35号、「三重県立総合医療センターと市立四日市病院の産婦人科医師の協力体制について」)また、済生会松阪総合病院と厚生連松阪中央病院の連携についても、今年の三重県産婦人科医報に述べました。
3.開業医と勤務医の融合
我々の医療職においては、 医師会には勤務医部会があるように、開業医と勤務医の枠組みを前提に、医療制度や医師の団体が成り立っています。前回の、三重県産婦人科医会報にも述べました通り、これからの産婦人科医療は、開業医と勤務医という2つの狭い枠組みでは構造的に行き詰まり、発展がないと考えております。20年前までのように、多くの分娩と妊娠中絶術があり、1個人の医院でも、採算がとれていた時代は終わりました。したがって、医師養成の場である大学医局においても、開業医の持つノウハウも習得する必要があると常日頃から考えています。以下に各地の取り組みをご紹介し、われわれの取り組みである「三重レディースクリニック」について述べます。
3-1.九州大学産婦人科の場合
九州大学産婦人科医局では、加藤聖子教授にお聞きしたところ、この開業医と勤務医の融合に関して先進的な試みがされています。福岡市で開業されている権丈(けんじょう)産婦人科の権丈洋徳先生は、腹腔鏡手術を九州大学に導入することに大きな役割を果たされました。お父様と開業されてからも月曜日と金曜日の2日間、大学病院で腹腔鏡手術を行ったり、腹腔鏡外来をされています。また、九州大学で毎年行われるブタを使った研修会などの世話係をされて、アカデミックな活動も続けられています。また、同じく福岡市でフクオカバースクリニックの湯元康夫先生も、同様に九州大学病院で金曜日に超音波外来を担当されています。両先生は、「特別教員」という身分で大学勤務をされておられ、報酬は時間制になっているとのことです。大学勤務医が開業される場合、自分の専門性を生かしたアカデミシティーを保つため、大学病院・医局と有効に連携されています。
3-2.ひなが胃腸内科・乳腺外科の場合
市立四日市病院の一宮院長にお聞きしたところ、四日市市にある、ひなが胃腸内科・乳腺外科の久野泰先生は、市立四日市病院に勤務されておられましたが、2009年に開業されました。その後、乳がん手術を市立四日市病院で行う傍ら、乳がん検診やご自分で手術した患者さんの術後化学療法をご自分の医院で行われています。産婦人科でいえば、妊婦健診は自分のクリニックで、分娩となれば提携した病院を使うというアメリカ式の医療でしょう。考えてみますと、産科オープンシステムもご自分の医院で妊婦健診と大学病院で分娩という同様な形式です。現在、産科オープンシステムは、三重県内でも広く利用していただいていますが、さらなる医療レベルの向上がキーとなっていくと考えます。
4.三重レディースクリニック
勤務医側から開業医へ目を向けるために、「医局開業」を行いました。「三重レディースクリニック」は、平成29年(2017年)1月24日にオープンしました。この開業の最大の目的は、医師、特に女性医師の外来能力の向上です。近年の産婦人科外来診療は、日本産科婦人科学会から「産婦人科診療ガイドライン・婦人科外来編」が出版されているように、多彩となってきました。婦人科がん検診、乳がん検診、ホルモンを使った治療、子宮筋腫や子宮内膜症といった一般婦人科、不妊症、STDなど、幼年期・思春期から更年期、老年期から、女性の幅広い一生をカバーする外来です。骨粗しょう症、排尿障害、さらに高血圧、糖尿病、高脂血症なども、それぞれの専門の先生と一緒に、産婦人科医が患者さんを診ていくことが要求されるようになったと考えています。まさに、産婦人科医が「レディース」を診る時代なのですが、大学病院では、このようなプライマリーな産婦人科外来診療に対して、十分な研修が行えない状態です。診療は水曜日を除く毎日行っています。院長は大里朱里先生にお願いしており、ウイークデーの診察を担当してもらっています。ウイークデーの午後は3時半から6時半で、大学勤務のベテラン女性医師が診察しています。スタッフは、看護師2名、受付3名です。
このように、主治医として、女性の一生をずっとサポートする役割があり、いわゆる「女性に対する総合診療医」という役割も、産婦人科医は果たすべきと考えています。今、国が構築しようとしている地域包括ケアシステムにも合致することで、一女性の主治医は、その背景にある家族もみるものであり、さらにそのコミュニティーも責任を持つということにつながると思っています。男性の患者さんが病院を訪れても、ご自分の症状など、ご本人のことしか言われないのに対し、女性の患者さんは、ご主人、嫁、孫などご自分以外の方の話題をよくされるなあ、と感じております。まさに、女性は家庭やコミュニティを担っているのです。
さらに、保険請求制度、診療費の成り立ちなど、開業医の先生方がご自分で開業なさってから学ばれることは、勤務医時代から習得する必要があると考えており、これらの業務のトレーニングにもなると考えています。
三重レディースのもう一つの目的は、女性アスリート外来の開設です。教室の神元有紀君が中心となった女性医師たちが、この2年間、全国の障がい者アスリートの聞き取り調査を行ってくれました。この結果は、冊子にまとめましたので、またご紹介する機会があると思います。女性アスリート外来は順天堂大学病院や国立スポーツ科学センターなどに開設されていますが、夕夜診は行っていないなど、利用者にとって不便であり、多くの成果が上がっていないのが現状です。整形外科やリハビリ科と連携をとりながら、健常者と障がい者女性アスリートの健康と成績向上のため、貢献したいと思います。
5.他の医局の改革と取り組み例
5-1.医局の法人化:北海道大学産科婦人科教室の場合
北海道大学産婦人科医局は、2008年に医局を一般社団法人化し、WIND(女性の健康と医療を守る医師連合)を設立しました。これは、北大の産科と婦人科と関連病院がタッグを組み、市中病院を選んだ医師であっても、WINDという組織の社員としてさまざまなタイプの病院をローテートしながら研修できるプログラムです。医局員も個人社員となり、年間6万円を供出します。関連病院などの団体社員は年間60万円を出しており、年間約400万円規模の会計で運営されているとのことでした。この中から、新入医局員獲得のための費用や、各研究室への援助などが賄われます。産婦人科医の教育、地域医療への貢献、医学研究の発展という3つの機能を透明化し、企業化したものと考えられます。
5-2.医局の産婦人科グループへの協力:ベルネットの場合
「ベルネット」という産婦人科診療のチェーン店的企業があります。愛知県を中心に、岐阜県に2施設、合計15施設を経営しており、分娩と不妊クリニックを主に扱っており、急速に勢力を伸ばしてきています。名古屋大学産婦人科医局が当直業務など人的にバックアップを行っており、地域の妊娠・分娩に対する産婦人科不足を軽減しています。また、一人の産婦人科医師が、多くのクリニックをローテートすることで、産婦人科医の不足を補っています。また、勤務する産婦人科医の生活の向上に一役買っています。私は、これら良い面を見習うべきと考えています。ただ、①他の大学の医局員を突然リクルートすること、②地域の看護師や医師の給料という相場を高騰させること、③地域の周産期医療システム計画が混乱するなど、良くないと思われる面もあり、今後改善されるべきと思います。
このような北海道大学や名古屋大学の例を参考にしながら、医局員と同門の先生方のための、「医局改革」を行っていきたいと考えています。ご支援、ご協力をお願いいたします。