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2015/01/05

三重県における生殖医療と三重大学病院における高度生殖医療センターの設立

27 人に 1 人が高度生殖医療によって出生
  日本産科婦人科学会の報告によれば、2012 年(平成 24 年)の体外受精・肺移植(IVF-ET) 等の高度生殖医療(ART)による出生は 37,953 例であり、全出生児の 3.7%、出生時の 27 人に 1 人であるとのことです。1 学級に 1 人は ART による子どもがいることになります。 1999 年(平成 11 年)では、ART による子どもは 100 人に 1 人の割合ですので、少子化の今日、いかに ART が出生数増加に寄与しているかがわかります。こういった時代の要請も あり、三重大学産婦人科は、2015 年 5 月 7 日から三重大学病院の新外来棟がオープンする のに合わせ、同年 4 月から、泌尿器科とともに、高度生殖医療センターを設立します。新 外来棟の 2 階の西側の一角に、5 診が可能な新しい産婦人科外来ができますが、その一部が 問診室、診療室、採卵室、培養室、採精室を備えたセンターとなります。

三重県における生殖医療の歴史
  三重県の生殖医療は、決して他県に比べて後れを取っていません。1983 年(昭和 58 年) に東北大学でわが国初の体外受精児が出生しましたが、その 2 年後に、西山幸男先生は三 重県初の症例に成功されました。また、西修先生(現福井市西ウイミンズクリニック)、森 川文博先生、箕浦博之先生、菅谷健先生、竹内茂人先生、川戸浩明先生、澤村茂樹先生、 濱口元昭先生、井田守先生など、済生会松阪病院、鈴鹿回生病院およびご自身の病院で、 IVF-ET を中心とする高度生殖医療を実践されています。また、1991 年(平成 3 年)7 月 には、第 9 回日本受精着床学会が四日市市文化会館にて、杉山陽一教授のもとで行われて います。さらに、三重大学産科婦人科教室において、生殖内分泌領域の研究も活発であっ た時代があり、成果も学会、誌上発表もなされ、教室員の学位取得テーマにもなっています。

大学に高度生殖医療センターを作る5つの必要性
  それでは、今、なぜ大学において高度生殖医療センターが必要でしょうか?以下に 5 項 目に分けて説明いたします。

1.三重県で唯一の生殖医療専門医の研修施設として
  日本生殖医療学会は、平成 26 年に生殖医療専門医取得規定を改訂しました。その中で、 生殖医療専門医認定施設にて最低 1 年間、研修することが挙げられています。生殖医療専 門医認定施設は、年間最低 100 周期の IVF-ET を行うこと、凍結装置などが完備していること、倫理委員会・安全委員会を設置していることなどが条件となっていますが、現在、 三重県には専門医認定施設が無い状況です。問題は、今後、生殖医療専門医でないと、国 からの補助金を使った不妊症治療が実施できないようになる可能性があることです。現在、 国は少子化対策もあって、「不妊に悩んでいる方」に対する方策として、補助制度を行って います。40 歳未満は年に 6 回補助、40 歳以上は年に 3 回までの補助がでます。今は、生殖 医療専門医のいる施設でなくとも補助金を使用した治療ができますが、将来的には規制を する可能性が高いのです。これは不妊クリニックを営んでおられる医師には極めて大きな 変化で、再度、専門医認定施設での研修が義務付けられる可能性があるのです。したがっ て、その受け皿として三重大学が生殖医療専門医施設となることは必要なことだと思いま す。

2.生殖内分泌学の研究機関として
   大学のもう一つの役割は、生殖内分泌学研究の場としての役割です。例えば、最近の話 題として 腫瘍不妊学(oncofertilty)があります。悪性腫瘍の治療を受ける場合、強い抗癌剤や放射線療法の副作用として生殖機能が廃絶することがありますが、その前に卵巣組織を摘出、凍結保存するなど妊孕性を保存し、来るべき妊娠の希望に答えることが医療のオ プションとなっているのです。こういった倫理的にも複雑な問題を包含した医療は、今後 大学で行って行く必要があると考えています。また、エイジングした卵子に、自己ミトコ ンドリアを注入し、受精能力を高める治療などが可能となっています。その他にも、生殖 内分泌に関する研究は極めて多く、これらを行うことは大学の重要な役割でしょう。

3.産婦人科学における生殖内分泌学の教育機関として
  産婦人科学の領域は広く、周産期学、婦人科腫瘍学の他に重要な領域が生殖内分泌学で す。三重大学産科婦人科における卒前、卒後教育でこの分野は、他の分野に比べて充実し ていないのが現状です。しかし、産婦人科専門医試験で、問題の 3 分の1は生殖内分泌領 域から出題されていますし、けっしておろそかにできません。また、この分野に興味を特 にもつ医学生も沢山います。したがって、県下で、唯一の卒前教育を行っている三重大学 で、生殖内分泌医療を行うべきと考えます。
  また、卵管鏡による閉塞した卵管を通過する手技は、東海地方でも三重大学でしか行っ ておらず、このような先進的な技術を学ぶという卒後教育機関としても大切です。

4.三重県の不妊症治療の約 3 分の 2 が他県に依存
  2012 年には、わが国で 30 万余りの採卵周期(ovuum pick up :OPU)がなされています。 三重県の人口は全国の 1.5%ですので、単純計算して 4500 件の OPU が行われているもの と思います。別の OPU 数の推定として、三重県の出生 1 万 5 千人のうち、ART 出生が 3%、 ART の成功率が 1 周期 10%と仮定しても、4500 件の OPU 数となります。現在、OPU 数の一番多い松阪済生会病院でも年間約 400 件ですので、多く見積もっても三重県全体で 1500 件でしょう。残りの 3000 件の OPU は、名古屋や大阪の不妊専門クリニックに流出し ているものと考えられます 。すなわち、三重県では不妊治療施設が絶対的に少ないのです。 OPU や IVF-ET が数か月待ちの状態なのです。
  また、わが国は、未曽有の少子高齢化がすすんでおり、出生数の増加は最も重要な国策 の一つです。三重県の鈴木英敬知事は、国の少子化対策会議のメンバーであり、全国で唯 一男性不妊症に助成をおこなっておられ、生殖医療に積極的に関わっておられます。した がって、三重県の生殖医療提供施設の絶対的不足を解決するために、大学において OPU、 IVF-ET などを行う意義があると思います。

5.一般不妊専門クリニックが行っていない分野を受け持つ役割
  わが国の細胞や組織の凍結技術は世界一らしいです。受精卵凍結、精子凍結、卵子凍結 の他、卵巣凍結や未熟卵凍結なども可能となっています。これらの凍結保存は、一般不妊 専門クリニックでも行われていますが、長期的な保存責任となれば、公的な場所がより望 まれます。
  また、高血圧、糖尿病、心臓病をはじめとした合併症を持つ女性の不妊治療に関しても、 他科診療の充実した大学の役割があると思います。
  さらに、TESE や夫リンパ球移植などは、決して採算がとれる診療ではありません。こう いった 不採算部門は大学病院が受け持つべき だと考えます。

IVF-JAPAN 理事長、森本義晴先生との出会い
  これらの生殖医療の重要性を教えていただいたのは、IVF-JAPAN 理事長の森本義晴先生 です。私が、前任地、国立循環器病研究センターに在職中に、大阪市で開かれた「多胎を 防止する会」でご一緒になったのを切っ掛けに、循環器病合併患者の生殖医療をお願いし ました。循環器病を持つ女性の中には、30 歳までに妊娠しなければ心機能が妊娠に耐えら れなくなる程に低下してしまう疾患や、移植弁が数年後に劣化してしまうため、弁移植後 早期に妊娠・出産すべき症例があります。そのような女性においては、妊娠をされるのを じっと待っているよりも、生殖補助医療によって確実に妊娠し挙児を得るというオプショ ンを作ることも、また必要ではないかと常々思っていました。もちろん、その危険性など を理解してもらった不妊施設のみにお願いするのが良いと考えていました。森本先生は快 く受けていただき、私が IVF なんばクリニックに伺い、スタッフのみなさんにこの治療の ニーズや循環器病合併症の危険性と管理法について説明し、十分なコンセンサスを得たう えで行いました。その結果、弁膜症治療後、大動脈炎症候群など、3 人の方に、お子さんを 持つという希望をかなえることができました。国循に入院しワルファリン内服からヘパリ ン点滴に切り替え、外出して IVF なんばで採卵後、国循にもどってヘパリン点滴、再度、 IVF なんばにおいて ET を行うなど、貴重な経験をさせていただきました。

高度生殖医療センターの人材確保について
  前沢忠志先生は、私が三重大学に赴任した 2011 年(平成 23 年)9 月 1 日に、ちょうど 紀南病院から大学に帰って、大学院に入学したところでした。解剖学教室で研究する予定 とのことでしたが、本当は済生会松阪病院での経験から、生殖医療がしたいとの希望を聞 きました。それであればと、森本義晴先生に合わせるために IVF なんばに連れて行きまし た。その後、2 年半、IVF‐JAPN でトレーニングを積み、卵管鏡の技術などを習得しまし た。2014 年 4 月から大学で、診療の手順、患者説明書、倫理委員会、料金設定など、今回 の高度生殖医療センターの準備をしてくれいます。2015 年 4 月には、西岡美貴子先生が IVF 大阪のトレーニングを終え、大学病院にもどってきます。
  また、肺細胞士(エンブリオロジスト)は、高度生殖センターにおいて、極めて重要な 役割を担います。この人材確保においても、森本義晴先生に全面的にお世話になり、近畿 大学生物理工学部卒業の、竹内大輝君、東本誠也君を紹介してもらいました。生殖医療認定看護師も採用することができました。
  生殖医療センターの部屋割りや機材選定などは、済生会松阪病院の生殖医療センターの 立ち上げに関わられた、現、三重大学中央検査部技師長の森本誠さんに大きな役割を果た していただきました。
   以上、高度生殖医療センター設立に当たって最も重要な人材の問題は、本当に人の縁や 知り合うタイミングの大切さを感じざるを得ません。ありがたいことだと思っています。

生殖医療センターのオープン化
  三重大学病院における高度生殖医療センターが果たすべき、教育、研究、診療面での役 割について述べてきましたが、大学病院での診療の場は、大学で勤務をしているスタッフ のみのものでは無いと強く思います。私の専門の周産期医療で、分娩のオープンシステム というものがあります。それと同様に、生殖医療センターもオープン化すべきと考えてい ます。例えば、地域で開業されている先生方の患者さまの治療を、大学病院で、設備を使 ってご自身で行なっていただくというのはいかがでしょうか?合併症を持つ症例の採卵、 TESE が必要な症例、未熟卵培養などが対象となると思います。お支払する診療報酬やトラ ブル時の問題などあるでしょうが、努力すれば解決できるものと思っています。皆さんで 多くのアイデアをだしながら、三重県の産婦人科医全体で育てていただきたいと思ってお りますので、よろしくお願いいたします。

2014/03/03

三重県における産婦人科学の研究について

  三重大学医学部産科婦人科学教室に赴任いたしまして、早 2 年余りが経ちました。三重 県産婦人科医会の先生方には、会長の森川文博先生をはじめ、大変お世話になっておりま す。学会と医会は車の両輪といいますが、三重県は「一輪車」であるごとく、全国一、ま とまりの良い医会・学会であり、ありがたいことだと常々感謝しております。
  平成 25 年 10 月から、三重大学医学部付属病院は、竹田寛先生から伊藤正明先生に病院 長が交代されました。私ごとですが、伊藤先生からご指名を受け、診療担当副病院長とし て、現在、病院執行業務に携わっております。業務の主なものは、平成 27 年 7 月の病院機 能評価受診に向けての準備、看護師確保対策、病院職員教育などです。より多忙となりま したが、三重大学出身でない私として、三重大学病院内で働く方と仕組みを覚えるために 良い機会であり、楽しく仕事をさせていただいております。
  三重県に新規参入してくれる産婦人科医師も、おかげさまで多く、当初の目標を達成で きていますが、まだまだ不足しているのが現状です。入局してくれる医局員は、妊娠管理、 分娩、手術など、産婦人科医としての基礎的な専門研修を毎日行っており、日に日に、目 に見えて上達がわかり、嬉しく感じております。それぞれ、充実したキャリアが積めるよ うに、指導スタッフも努力してくれています。
  赴任してから、まず臨床の充実をと考え、研究のことはあまり彼らに強調しなかったの ですが、3 年目となりますので、私自身が研究について考えていることを、本誌を借りて述 べさせていただきます。

1. 研究は臨床の疑問や願望を解決することを目指すもの
  産婦人科学という学問は、やはり臨床医学、応用医学ですので、常に患者さんが良くなったり、疾患が予防できたりすることが大切です。臨床を一生懸命やっていると、日々、「このやり方でいいのか、別のやり方があるのではないか?」とか、たくさんの疑問が湧き起 こってきます。また、患者さんが常に良くなるわけではなく、現在のベストの医療を尽く しても、直せない方がおられます。医師としては、無力感といいますか、「悔しい思い」を し、良くしたいという願望がでてきます。この臨床の疑問と願望(clinical questions and wishes)が研究をめざす動機となるべきです。そして、研究で得た結果、(結果が得られる ことばかりでは無いのですが)を、今度は臨床で試してみるという段階があります。そし て、また臨床から研究です。これを、英語では”Bench to Bedside, Bedside to Bench”と言うらしいです。この臨床―研究サイクルが、順調に回りだすと、臨床も研究もやりがいのある、「面白いもの」になります。産婦人科医になって良かったと思うようになってきます。
図1

  通常、自分の施設やグループだけで、すべての臨床―研究サイクルは回せません。した がって、先端を走っているグループに入れてもらうか、共同で行うことになります。この ため、常日頃から、アンテナを高くして、この当たりの情報を得なければなりません。そ の時に重要なことは、ギブ・アンド・テイクの状態にならなければならず、ギブ、ギブと いっている医師や研究者には、なかなか良い協力体制が作れません。したがって、「自分の、あるいは、自分の施設が、何をテイクしてもらうか」を考えた戦略を常に考えなければな らないと思います。

2.自分の興味か運命か?
   それでは、どのように自分の得意種目、自分の専門性、自分のライフワークを作ってい くのでしょうか。私の場合、専門は周産期学で、胎児・新生児の脳障害と胎児心拍数モニ タリングがライフワークです。しかし、医師になって 6 年目に大阪から宮崎に移ったとき には、宮崎にはまだ馴染みのなかった膣式手術で一旗揚げようとして、砕石位のセットを 自費購入しました。手術で成功しようとしたのです。しかし、宮崎大学で、池ノ上克教授 に出会ってから、周産期学にのめりこみ、池ノ上先生ご自身のテーマをいただいて、研究 させてもらいました。このように、当初の自分の興味・計画と、運命といいますか大きな 人生の流れ、人との巡り会いの、どちらに従うかは、本当に悩むところです。ただ、自分 自身は極めてルーズな性格ですので、当初の自分の興味を貫くために人生の流れに逆らっ ても良い事が無いような気がしています。

3.三重大学、三重県における研究のめざすもの
  結論から申しますと、三重大学産婦人科のみで研究をやっていても、強い競争力は築け ないと思います。県全体の集団ベース研究(population-based study)で、われわれは全国3 トップになれる可能性があると思っています。なぜならば、三重県は、医学的な疫学研究 に非常に適した県だからです。第一の理由は、その人口規模がわが国の 1.5%であり、サン プリング数として適切です。これまで、私は全国規模のアンケート調査を数件おこなって きましたが、約 1~2%のデータが集まったところで、ほぼ全体の傾向がわかることが多か ったです。したがって、周産期では約 1 万 5000 という三重県の分娩数は、適切なサンプリ ング数といえます。第二に、三重県は、北の工業地帯から、南の過疎地帯まで、多様な社会的背景をもっており、日本の縮図ともいえる県です。旧律令制度で、伊勢、伊賀、志摩、 紀伊と 4 つ持つ県は、兵庫県の 5 つに次いで 2 位であることも、それを物語ります。多様 な特性を持った地域医療が展開されており、わが国に対する提言が行い易いと思います。 第三の理由は、三重県の公的病院と私的な医療施設における、ほとんどの医師が三重大学 産婦人科教室の出身か、三重大学と関連の深い先生がほとんどだからです。以前、私は研 究グループの一員として宮崎県での集団ベース研究を立ち上げましたが、宮崎県の際、産 婦人科医療は、九州大学、熊本大学、鹿児島大学の先生方の派閥があり、この種の研究を 遂行するにはとても難しかったです。この点でも、三重県は県全体での集団データ研究を 行うのに適していると思います。

4.産科医療補償制度、見直しのための脳性麻痺児発生に関する医学的調査
  産科医療補償制度は、重症脳性麻痺児とその家族の経済的負担の軽減、原因分析と再発 防止、紛争の防止・早期解決を 3 つの柱に、2009 年(平成 21 年)1 月に創設されました。 当初、沖縄県と姫路市における調査によって、補償対象は年間 500~800 例と推定され、補 償金額 3000 万円と、産婦人科施設が払う保険料が分娩 1 件、3 万円と定められました。し かし、実際の申請は年間二百数十例であり、制度設定の良否が問題となりました。発足 5 年後の見直しのため、再度脳性麻痺児の発生状況を調査することになり、沖縄県、栃木県 とともに三重県が指名されました。これは、赴任以来考えていた三重県での集団ベース研 究のインフラを作る上でまたとない機会であり、教室の神元有紀君を事務局として行いま した。これには、三重県立草の実リハビリテーションセンター所長の二井英二先生をはじ め、三重県周産期症例検討会、そして三重県産婦人科医会の先生方に大変お世話になりま した。
   結果は、現行の補償制度の認定可能症例は、年間、三重県で 5.2 例、全国で 496 例出生すると推定されました。また、分娩時のイベントで発症した例は、三重県で 2.8 例、全国で 267 例というものでした。さらに、産科医療補償性度が発足した、平成 21 年には三重県か ら 2 例申請されていますが、少なくとも他に 2 例は申請できることがわかりました。した がって、実施の申請が二百数十件という以外に、少なくともその倍は申請漏れがあるので は、という結論です。このことを受けて、本部は、身障者療養施設をはじめ全国的な登録 促進運動を始めています。
   脳性麻痺は全国で年間、約 2000 人発症すると推定されますが、分娩時のイベントが約4 250 例であり、全脳性麻痺の 12%を占めるに過ぎません。(図2)この数値は、海外の 7% ~20%であるというデータとも一致します。脳性麻痺のほとんどが、産婦人科医の責任で あるという、社会的通念は間違っており、変えなければなりません。
  本調査を受け持って、三重県全体のデータによって、わが国の医療を変えることが可能 であることを実感しました。

図2

5.先天性サイトメガロウイルス症のスクリーニング法に関する研究
  サイトメガロウイルス(CMV)は胎児が感染すると、その約 10%に重度障害、残りの 90%にも遅発性の難聴が起こる恐れがあるといわれています。宮崎県でわれわれの行った 脳障害児の調査では、全体の約 4%が、先天性CMV症でした。胎児感染は、約 0.3%です ので、三重県では約 45 人の先天性CMV児が生まれ、4~5 人が重度障害で出生し、40 人 程度が生後のフォローアップが必要であると推定されます。三重県は小児科を中心に、伝 統的にワクチン研究が有名であり、また熱心な耳鼻科医もおられます。したがって、まず 集団ベース研究を普及するには、この先天性CMV症のスクリーニング法に関する研究が 適していると思っておりました。幸い、大学院研究テーマとして鳥谷部邦明君が取り組ん でくれることになり、森川会長に医会事業としても認めていただきました。進捗状況を毎 月の三重県産婦人科医会定例理事会で発表しています。最も有用で効率の良いスクリーニ5 ング法を見出すために、三重県のデータが将来使われるようになるものと期待しています。 継時的にご報告いたしますので、先生方の、ご協力をお願いいたします。(鳥谷部先生報告 を参照してください。)

6.テレビカンファレンス
  その他にも、三重県婦人科癌登録事業、三重県周産期症例検討会、双胎に関する研究な どが進行しております。また、これまで三重大学伝統の糖尿病と妊娠に関する研究は持続 しなければなりません。
   これらの集団ベース研究を成功させるために必要なことは、発表代表者を一つの施設が 独占しないことだと思います。これまで多くの研究が半ばにして頓挫したのが、この発表者の問題です。この度、日本産科婦人科学会の専攻医指導施設指定基準として、発表論文 数が規定されるようになりました。これは、所属施設としての発表ということで、どうし ても症例報告や数例の小規模研究になりがちです。集団ベース研究は、自施設データも含 まれているわけですし、より価値のある研究と日産婦学会も認めていく方針ですので、各 研修施設の先生方は、論文数の確保のため、三重県全体で取り組んで頂きたいとお願いし ます。
  集団ベース研究のみでなく様々なことで、各施設の団結、協力が最も大切です。平成 25 年から三重大学、三重中央医療センター、市立四日市病院、三重県立総合医療センターお よび伊勢赤十字病院の 5 つの周産期センターをもつ病院の間で、テレビカンファレンスを 行っております。毎週木曜日午前 8 時から約 30 分間、2 施設から症例発表をしていただき、 より良い診療を目指すカンファレンスです。予算の都合で、毎回 4 施設しか参加できない 現状ですが、お互いの声と顔が毎週見ることができる効果は絶大だと感じております。

   以上、三重県における研究について私の考えを述べさせていただきました。臨床-研究 サイクルを回せる医学研究者が一人でも多く育つために、医会の先生方のこれまで通りのご支援をお願いいたします。

2013/01/04

平成 25 年を迎えて

  三重県産婦人科医会の先生方には、常日頃から患者さんのご紹介をはじめ、産婦人科医療に関わる様々なことで、大変お世話になっており、ありがとうございます。平成 23 年 9 月に、三重大学医学部産科婦人科学教室に赴任して参りましてから、約 1 年半が経ちまし た。産婦人科医会と学会は、車の両輪であるべきといわれていますが、三重県ではお互い の立場を忘れてしまうぐらいの「一輪車」であり、最も理想的な県だと、ありがたく感じております。私が赴任した時の抱負として、①三重県で働く産婦人科医師の増加、②患者 さんと医療者のための産婦人科医療の「規制緩和」、③三重県全体をフィールドとした研究の促進、の3つを柱として取り組んでいきたいと考えておりました。現在、どれ位、これ らのことが達成できているかを以下に振り返り、今後の展望を述べさせていただきます。

1. 三重県で働く産婦人科医師の増加
  平成 24 年には、三重大学産科婦人科学教室に 6 人の専攻医が入局してくれました。また、 平成 25 年にも 7 人が入局する予定です。これは、三重大学のみならず、関連病院の指導的立場にある先生方が、日頃より医学生教育、研修医教育に力を注いでいただいたおかげです。三重大学のポリクリ学生の多くが、産婦人科実習に対して、「雰囲気がいい」「良く指 導してくれる」と答えてくれております。これも、佐川典正教授が医学生に対して魅力的 な学習カリキュラムを考案され、卒後臨床教育長として、初期研修医にとって、充実した 教育システムを作って頂いたことが大きいと感じております。医会の先生方にも、「励ます会基金」など、物心ともに多大な援助をいただいており、ここにお礼を申し上げます。新入局の専攻医以外にも、鈴鹿医療科学大学教授として赴任していただいた石川薫先生はじ め、数人の先生方が三重の産婦人科医療のために他県からおいでいただきました。
  今後さらなる三重県の婦人科医、特に若い医師を増加するために、2 つのことを今年から 始めようと思います。一つは、三重県以外に関連病院を持つことです。これまで、産婦人 科医療を学べる施設や関連病院を三重県のみにしか持たなかったことは、国内留学などは 別として、三重大学産科婦人科学教室にとってハンデキャップでした。医学生を含む三重 の若者は、どうしても都会志向が強い傾向にあり、東京、大阪、名古屋などの大都市に出 てみたいという夢を持っています。したがって、三重大学関連病院を三重県以外に置くこ とは若者のニーズに合致していることだと考えています。最初の試みとして、平成 25 年 4 月から、東京都府中市の榊原記念病院に産婦人科を三重大学の関連病院として開設いたします。これは、私の前任地、国立循環器病センターの友池仁 暢院長が、3 年前に東京の榊原記念病院の院長職に就かれたときから、同病院に国循周産期・婦人科部のような科を設 立してくれないかと、相談されたことから端を発しております。幸い、国循に勤務し、三重大学産婦人科同門会に昨年から入会いたしました、桂木真司君が東京赴任を決意してくれましたので、実現いたしました。教室から誰を派遣するかなど、まだまだ未定な部分は ありますが、若い医師たちにとって、勤務してみたいと思われる魅力的な関連病院となる ように努力いたします。
   もう一つは、紀南病院問題の解決です。これまで、紀南病院は、三重大学産科婦人科学 教室から、部長以下派遣している東紀州地区の基幹病院です。東紀州地区は、尾鷲総合病 院に昭和 52 年に藤田弘史先生が赴任なさって以来、紀南病院、新宮市立医療センターの 3 病院に、教室から現在まで、延べ 76 名を派遣して参りました。また、平成 17 年には紀南病院に集約一本化されました。この東紀州地区病院への出向は、残念ながらこれまで、い わゆる「徴兵的」なものであったのは否めません。そして、そのことは新入医局員のリク ルートにはマイナス要素になっており、したがって、派遣のあり方をこれまでのものから 変えていかなければならないと考えております。詳細は、三重県同門会会誌に述べました のでお読みください。

2. 患者さんと医療者のための、産婦人科医療の規制緩和
  我々、医療者の本分は、当然、患者さん方の健康を守ることであります。そのことを充分果たすためには、医療システムの充実とともに、医療者のクオリティーオブライフも重 要です。このことは佐川典正教授が強く訴えられ、三重県で実践され整備されました。患 者さんの安全性と医療者の働き易い環境をさらに向上させるため、現状の医師雇用システムや医療行政システムで不都合なことがあれば、さらなる変更も必要であると考えており ます。これを達成するためには、従来の規則や決まりを変更すべき場合もあるということ で、「産婦人科医療の規制緩和」と呼ばせて頂きます。
   まず、行いましたのが、最も難しいといわれている県立病院と市立病院の間での医師の相互派遣です。この目的と開始までの経緯は昨年の同門会誌に書かせていただきましたが、 平成 24 年 6 月から市立四日市病院と三重県立総合病院の間でスタートすることができまし た。月に 3-4 人ずつの手術応援、当直応援を行っていただいています。緊急時に数人が他病院に集合し、重症患者への対応を可能にするまでには至っていませんが、人脈・交流お よび研修内容の拡大などの効果が出来ているものと期待しています。ただ、市立四日市病院から県立総合病院では、派遣者に直接給与が渡るのに対して、県立総合病院から市立四日市病院への派遣は、派遣者個人ではなく産婦人科にデポジットされ、産婦人科の中でコ ンピュータなどの「現物」として支給されています。公務員法に従うために仕方がないと いうことらしいのですが、派遣者自身のモチベーションも上がらないのではと心配しております。本年は、三重大学と三重中央病院、済生会松阪病院と松阪中央病院との間でも、 患者さんと医療者のための協力体制を始めていければと考えておりますので、ご協力よろ しくお願いいたします。
  また、卒後 3 年目からの産婦人科専攻医研修施設は、これまで大学病院と公的病院のみに限られておりました。しかし、公的病院における正常分娩数の減少や、日常一般外来疾患の経験不足など、産婦人科医となるために充分な経験を得るためには、さらに研修病院 を広げる必要があると考え、平成25年度からは個人開業施設も研修病院として加わって いただく予定です。病病連携や病診連携を学ぶためにも、重要なことだと考えております。
  さらに、二次・三次病院から、緊急時に医師、場合によっては血液製剤などを携えて、高次施設勤務の医師が、一次施設に出向いて診療応援するシステムを構築することも、産 科出血による母体死亡などの産科救急に対して有効であると思います。これは、胎盤早期剥離による周産期死亡や、脳性麻痺を始めとする周産期脳障害の発生が減少していない今日、より多くの生命を守るためには、従来の一次から高次施設の搬送のみにとらわれていてはいけないと思います。また、母体死亡、脳性麻痺と結果的には同じでも、その地域の医師ら、皆で全力を傾けて治療してくれたという事実は、その後の医療訴訟や患者家族と のトラブルも減少していくものと考えます。
   その他にも勤務医と開業医、他科と産婦人科の連携の再構築など、あくまでも患者さんの安全と医療者の働き易い環境作りのために「産婦人科医療の規制緩和」を進めていくべ きであり、現実的なアイデアを出し合っていただければと思います。

3. 三重県全体をフィールドとした研究の促進
  三重県は、その人口や分娩数など全国の 1.5%で、北の工業地帯から南の過疎地域まで有 し日本の縮図であります。また、三重県においては、産婦人科医会と産科婦人科学会との垣根がほとんどないなど、県全体をフィールドとした臨床研究を行う上で、優位な基盤を持っています。このことは全国の都道府県を眺めてみても、極めて稀なことだと思います。 したがって、研究は三重県全体のデータによる臨床研究を大事にして参りたいと考えてい ます。
  まず、平成 24 年から、三重県周産期症例検討会を開始いたしました。これは、三重県における 5 つの周産期センターの現場で診療にあたっている産科側と新生児側の医師、約 10 名余りが、診療した死産、新生児死亡、および脳障害が予測される症例を持ち合い、検討する会です。4 ヵ月毎に、三重大学で開催しています。平成 24 年は、全三重県において、19 例の死産、15 例の新生児死亡、30 例の周産期脳障害が予想される症例を検討いたしま した。症例検討上、浮かび上がった問題をまとめて、三重県における周産期の現状と課題 を報告する予定です。
   また、三重県婦人科癌登録事業が、三重県産婦人科医会との共同事業として、平成 24 年 1 月からスタートいたしました。これは、上皮内癌、子宮内膜異型増殖症、境界悪性卵 巣腫瘍および胞状奇胎以上の、婦人科悪性腫瘍を登録していただく事業です。全県下とし て、このような事業を、一次施設と一緒に行っている都道府県はなく、HPV ワクチンの効果など、我が国のがん対策に関する貴重なデータがでてくるものと期待しております。
  さらに、平成 24 年 11 月から、日本医療機能評価機構による産科医療補償制度の見直しのため、脳性麻痺児の発生頻度に関する医学的調査のモデル県として、沖縄県、栃木県とともに三重県が指定され、調査が開始されました。これは、われわれが目指す、三重県全 体をフィールドとした研究の基盤を作る上で、またとないチャンスであり、現在多くの施設、や先生方の協力を得ながら進めています。

  以上、3 項目とも順調な経過をとっているものと考えており、これもひとえに三重県産婦 人科医会の先生方のご支援と、三重大学産科婦人科学教室の 70 年の伝統に支えられたものと感謝申し上げます。本年もよろしくお願いいたします。

2012/01/04

三重県産婦人科医報への寄稿

  平成 23 年 9 月から、佐川典正先生の後任として、三重大学医学部産科婦人科学教室を担当させていただいております。三重産婦人科医会には理事として入会させていただき、9 月 15 日には早速、医会主催で歓迎会を開いていただきありがとうございました。以下に、ご挨拶とお願いを述べさせていただきます。

1.自己紹介
  生まれは、兵庫県豊岡市という、日本海に面した盆地で、冬は雪深い地方です。高校卒 業男子の 90%以上が京阪神などの都会に出ていくという典型的な過疎地ですが、私も宮崎 医科大学に入学するために宮崎に移りました。昭和 58 年に卒業した後、大阪大学医学部付 属病院産婦人科で研修を始め、引き続き市立貝塚病院、大阪府立母子保健総合医療センタ ーと研修を行い、昭和 63 年に母校宮崎医科大学の産科婦人科学教室に助手として採用して いただきました。以後、17 年間に渡って同教室にお世話になりましたが、とりわけ平成 3 年からは、池ノ上克教授のもとで、周産期医学を専門に臨床・研究を学びました。「周産期 医療は、大学のみではなく地域のレベル向上を目標とせよ」など、様々なノウハウを教えていただきました。宮崎県は平成 11 年に、全国一周産期死亡率の良い県となりますが、そ の過程のひと役を担えた経験は大きな財産だと思っております。アメリカ留学の恩師であ った村田雄二、大阪大学教授のお誘いを受け、平成 17 年からは国立循環器病研究センター の周産期・婦人科部の部長として、臨床・研究・教育を行わせていただきました。国循における 6 年間は、診療部門の責任者として多くの経験を積むことができました。特に、平 成 18 年 8 月、奈良大淀病院からの脳出血妊婦の母体搬送を受けたことは、大きな出来事で した。ちょうど、厚生労働省研究で妊産婦死亡に関する研究の主任であったこともあり、「妊 娠と脳血管障害」に関する全国調査を行いました。全国で年間に約 120 件の合併例が発症 していることがわかりましたが、このデータはその後、東京墨東病院の脳出血妊婦の際に 役に立ちました。過去 6 年間は、産婦人科医逮捕や「お産難民」といった産婦人科医にとって冬の時代ですが、幸い国循では、医局員数も診療成績も右肩上がりでした。恩師はじ め、巡り合った方々やイベントを振り返り、なんとラッキーな経緯であったと感じざるを 得ません。

2.最重要課題は三重県で働く産婦人科医の増加
  最重要にして、最優先に解決しなければならない課題は、三重県で勤務する産婦人科医 を増やすことです。図1は、三重県産婦人科医会会員の年齢群別の数ですが、60~65 歳を ピークに若くなる程、次第に減少しております。40 歳未満は全体のわずか 15%にしかなり ません。最も多い年代である 55~64 歳、53 人のほとんどが、現役で大車輪の活躍をされ ておられますが、10 年後に 65~75 歳となられた場合に、どういった状況が予想されるで しょうか?図2は、三重県志摩町における海女さんの年齢分布ですが、70~79 歳がピークで、やはり若くなる程、減少しています。海女さんも、鳥羽の真珠島のアトラクションな どには重要な役割をしていますが、将来的にかつての花形職業として復活することはない と思います。同様の年齢分布を持つ職業は、日本の農業従事者や日本共産党員があります (ただし、後者は確定的なデータはありません)。いずれも、将来的な存続が危ぶまれてい ます。すなわち、三重県産婦人科医療は将来的な存続に関して、危機的状態であることを、 まず真剣に認識しなければならないと思います。

三重県の出産数から、必要な産婦人科医を推定してみます。年間 1 万 5000 分娩として、 全国レベルの 100~110 分娩に 1 人の産婦人科医が必要であり、65 歳未満がすべて分娩に あたると仮定して計算してみます。結果は、136~150 人の産婦人科医が必要で、現在の 55 歳未満の医師数は 82 ですので、この先 10 年間で 54~68 人の増員を行わなければならない ことになります。退職や県外流出が 2 割でるとして、年間 6~8 人は 55 歳未満の産婦人科 医が増えなければなりません。
  これから、これまでのペースの倍以上の入局や新規参入を努力しなければならないこと がわかります。図 3 のように、我々は、様々な問題を持っていますが、三重県で働く産婦 人科医数を増やすことは、喫緊にして最重要課題です。


3.大学、関連病院、医会、行政の一丸となったリクルート
  三重県の産婦人科医を増やすためには、大学、関連・連携病院、産婦人科医会および行 政の 4 身一体となったリクルートが必要だと思います。
   まず、県内唯一の医師養成機関である三重大学医学部における学生、研修医の教育に関 して、教室員一丸となって産婦人科学の魅力をアピールすることが最も大事です。これに 関しては、大学スタッフや研修医は、人間的にも魅力があり、専門的にもしっかりしてお り、赴任以来、大変たのもしく思っております。また、学生勧誘に関して、同門会の先生 方によって、物心ともに支えていただいており、本当に感謝いたしております。平成 24 年 度からは、地域枠や医学部増員で 120 人の学年が臨床実習に入ってきますので、より一層、 熱意を持って教育に当たっていきたいと考えております。
  次に、若い医師達は、専門科を決める際に、どんなことが学べるか、先輩医師たちは充 実した研修をおくれているかという、本質をとらえた観点から現実的に考えていることで す。これは、私など、いわゆる“なりゆきまかせ”で“おめでたい科だから”などと、考 えて入局したのとは隔世の感があります。ただ時代を経ても変わらないのは、直近の先輩 医師が、楽しそうに研修を行っている姿は、その科に進もうという何物にも代えられない 説得力を持ちます。学生や卒後研修は大学以外の病院において行っていただいており、こ の研修病院において、教育の充実とともに積極的なリクルートをお願いしたいと思います。産婦人科医療は、人の絆の医療であり、生活に密着した医療ですので、将来的に、学生か らの教育を公的病院のみでなく、より絆の強い個人病院や診療所においてお願いしたいと 考えております。その際は、ぜひよろしくお願いいたします。
  また、県外で研修や働いている産婦人科医で、三重県や三重大学に関連のある方はぜひ、 三重にカムバックしていただきたいです。このためにはご子息はもとより、お知り合いの方がおられましたら、ぜひご一報いただけたらと存じます。折をみて、勧誘させていただ きたいと思っております。三重県の危機的状態から抜け出すためですので、ぜひご協力を お願いいたします。
   さらに、三重県における行政的なご援助も必要です。これには、三重県医師確保プロジ ェクト「おいないネット三重」による、三重県研修医研修資金貸与制度があり、4 年を上限 にして年に 3,300,000 円の貸与が受けられ、返還免除規定もゆるく、全国的に見ても極めて 優遇策がとられていることは事実です。
   以上のように、危機的状態を認識していただき、各方面からの一体となったリクルート が何よりも大切であります。

4.三重県の強さは一枚岩
  三重県産婦人科医会の最大の強みは、一致団結力、いわゆる一枚岩(monolithic solidarity)だと感じております。その理由は、所属されておられる多くの先生方が三重大 学産科婦人科教室の出身であること、三重県の病院や診療所のほとんどが三重大学と強く 関連をもつ病院であることなどが挙げられましょう。しかし、三重県人の県民性も大きく 関与しているのではないでしょうか。Google で三重県の県民性を調べてみますと、「強調性」、 「連帯性」、「争いごとを好まない」、「中庸」、「温和」などのキーワードがでてきます。私 は、これまで所属してきた大阪産婦人科医会や宮崎産婦人科医会と比較してみても、また 他の医会を見聞きしても、三重県産婦人科医会が、全国一団結した産婦人科医会であると 思っております。三重大学産科婦人科学教室の発展も大事ですが、それ以上に、三重県全 体の産婦人科医療の発展をめざしてがんばりますので、ご指導、ご支援よろしくお願いいたします。