2014/08/16

なぜ、桑名市総合医療センターは地域周産期医療センターでなければいけないのか?

  桑名は名古屋のベッドタウンとして三重県の中で唯一人口が増えていますが、医療圏と しては桑名保健所管轄に含まれ桑名市、いなべ市、木曾岬町、東員町、菰野町、旭町、川 越町で、人口 28 万人、出生数約 2500 人です。周産期医療提供体制に関しては、産婦人科 施設と医師数が県内一不足 しており、桑名医療圏から分娩の流出が年々増加し 400 以上 にもなり、特に 愛知県には 100 以上が流出 していることが明らかとなりました(図1、表 2)。詳しくは、平成 24 年度、三重県産婦人科医報で、石川薫先生が「三重県北勢保健医 療圏桑名地域の周産期医療提供体制の現状と将来構想について」の論文が参考になります。 同論文著者の石川薫先生は、将来構想として、①新生児科も専門領域とする常勤産科医師 4 ~5 名を含む、地域周産期医療センターの設立 、あるいは②桑名市総合医療センターは、 一次施設機能にとどめる 、の2つの案を提示されています。後者の方策の一つとして、院 内にテナントとして独立採算の開業などとすることも念頭にいれたらどうかと提案されて います。私は、①の選択しかないと考えており、以下にその理由を述べ、現在進行してい るプロジェクトをご紹介します。
 


1.桑名市総合医療センター(桑名市民病院と山本総合病院の合併)
  平成 24 年 4 月に、桑名市民病院と山本総合病院が合併し、地方独立行政法人桑名市総合 医療センターとなることが、正式に合意、締結されました。桑名市民病院は、昭和 41 年に 開院した自治体病院であり、一方、山本総合病院は、昭和 20 年にその元の山本病院として 開院した個人病院です。三重県も交付金を拠出することで援助し、我が国で初めての官民 合併病院 となりました。私が三重大学に赴任いたしました平成 23 年には、桑名市民病院に は伊東雅純先生お一人、山本総合病院には須藤眞人先生、杉原拓先生のお二人が診療に当 たられていました。分娩は、山本総合病院のみ扱っており、年間 130~40 例前後、手術を 50~60 件をしておられましたが、桑名市民病院は分娩を取り扱っておらず、外来のみでし た。したがって、この 2 病院の統合は、産婦人科の集約化という意味で、三重県の産婦人 科医療全体にとっても、理にかなったものでした。

2.石川薫先生と桑名地域医療再生学講座
  桑名地区は将来出生数が増加する見込みがあるにも関わらず、産婦人科医師の最も不足 している地域であることが懸念されていましたので、三重大学に赴任当時から、まず北勢 地域の医師の増加が最重要課題の一つであると考えておりました。その時、以前から親交 のありました名古屋第一日赤産婦人科部長の石川薫先生が退職され、再就職されておられ ないことを伺いました。石川先生は、愛知県の周産期医療体制を、全国でも最も機能する システムに、中心となって立ち上げた実績をお持ちであり、この問題に取り組んでいただ けるものと考えました。三重県、桑名市、鈴鹿医療科学大学、そして、われわれの同門会 に協力していただき、平成 24 年 7 月に、鈴鹿医療科学大学において、北勢地域、特に桑名 地域の周産期医療の再生のため、「桑名地域医療再生医学講座」を、桑名市からの寄付講座 として開設 することができました。現在、石川先生は、全国の周産期医療体制の分析と提言をされる傍ら、胎児心エコー教室などの勉強会や講演会を開くなど、同地区の産婦人科 医療の活性化に大きな力となっていただいています。

3.桑名市総合医療センターの産婦人科が地域周産期センターでなければならない理由
   国は、1000 出生当たり、2-3 床の NICU(狭義)が適切であると推奨しています。以前 は、2 床でしたが、重症新生児ケアが多様化したことと、低出生児生存率が飛躍的に改善し たことを受けて、最近では 3 床となっています。出生数が約 7500 ある北勢では 22 床必要 です。しかし、平成 26 年にわが県で第 2 番目の総合周産期母子医療センターとなった市立 四日市病院に 9 床あり、同じく四日市市にある三重県立総合医療センターに 6 床と増床さ れたものの、合計 15 床と、目標の 22 床には、未だ足りません。したがって、あと少なく とも 6 床は必要なのです 。地理的状況を考えてみても、四日市市に増床するよりも、出産 数の増加が予想される桑名地域に 6 床の NICU を稼働する方が、より住民の利便性が良い と考えています。
  初めに述べました桑名医療圏からの 400 分娩の流出の内、約 300 は四日市の 2 病院がリ スクの受け皿ですが、あとの 100 分娩の流出は、木曾川を越えて弥富市にある海南病院を はじめ、名古屋市の病院が受け皿となってもらっている現状です。この場合、桑名市総合 医療センターに一次となる設備を増設しても、現状は打開できないのです。愛知県にお願 いするなら別ですが、三重県でリスクの受け皿を、責任もって作っていくには、桑名に地 域周産期母子医療センターを設立する必要があるのです 。

4.周産期センターと佐々木 禎仁 先生
  桑名市総合医療センターは、平成 27 年 4 月に新築されることを受けて、平成 24 年から 周産期センターの設計などが進んでいました。三重大学産婦人科は、最初から充実した地 域周産期母子医療センターの必要性を主張していたため、この設計にも関わらせていただ いていましたが、地域交付金の増額にも関わらず、建築資材の高騰や請け負う建築業者不 在のため、平成 26 年夏現在、新病院建設の見込みが立っていない状態です。しかし、旧山 本総合病院、すなわち現在の桑名市総合東医療センター3 階にある産婦人科病棟と外来は、 現状でも周産期センターと成り得る広いスペースと、優秀なナーススタッフが存在するこ とがわかりました。したがって、新築の有無に関わらず、センター化を進めていけるので はと思っていました。
  世の中は、このような時に、ヒトを授けてくれるものです。平成 20 年から約 2 年間国立 循環器病センター周産期・婦人科で一緒に周産期医療と新生児医療をやっていた、佐々木 禎仁先生が、平成 24 年 4 月から桑名市東総合医療センターに赴任 してくれました。彼は、 国循勤務の後に、滋賀県の総合周産期母子医療センターである大津日赤病院新生児科で 2 年間新生児医療を積んできたベテランです。早速、赴任して間もない 5 月に生まれた 26 週 1000gの未熟児を自分一人で見事に育て挙げました。(新聞記事参照)ナーススタッフの教育だけでなく、連日の当直で本当に大変でしたが、頑張ってくれました。これで、病棟全 体の士気があがりました。平成 26 年 10 月からは、さらに新生児医療もできる医師 2 人(田 中博明先生、田中佳代先生)の赴任が決まっており、周産期センター機能を強化してくれ るものと期待しています。


5.三重大学、市立四日市病院、県立総合医療センターからの応援
  桑名市総合医療センターが周産期センターとして機能するためには、医師のみでなく、 助産師、看護師の皆さんの充実、医療機器の整備、それから最も重要なことですが、周囲 医療機関からの信頼を得ることが必要です。そのために、桑名市総合医療センター理事長 の竹田寛先生はじめ、多くのご支援を得ている ところです。これに対して、「我々の本気度」を示さなければなりません。三重大学産科婦人科学教室はもちろんのこと、市立四日市病 院と県立総合医療センターの北勢の基幹病院から、毎水曜日の外来応援を現在行っており、 それ以外にも手術手伝いなどを随時しております。市立四日市病院と県総産婦人科の相互 援助システムは平成 24 年から 2 年以上行っていただき、月に 3-4 人の相互の当直、手術 応援が続いていますので、今回の桑名への派遣はスムーズにスタートできました。

6.桑名の有利性
  桑名地域周産期医療センターを設立させる上で困難は多数ありますが、有利な点もあり ます。桑名は医師を集めやすいということです。桑名市総合医療センター設立以来、同セ ンターへの初期研修医数は順調に伸びてきています。平成 27 年度は初期研修医枠が 9 名で すが、その倍ぐらいの人数が応募しています。三重大学卒業が中心ですが、名古屋の医科 大学からも応募があります。三重大学医学部の約 4 分の 1 は愛知県出身の学生ですが、彼 らに聞きましても、桑名市であれば名古屋から通えるし、就職しても良いと答えることが 多いです。したがって、最も重要な要因である 医師確保の面で、桑名は有利性を持つ ので す。

7.産婦人科医が新生児医療を勉強すること
   わが国において、新生児医療はほとんど小児科医によって行われています。しかし、新 生児科医の少ない地域では、産婦人科医が中心となっているところもあります。鹿児島県、 千葉県の一部などがそうですが、私が教育を受けました宮崎県もその一つです。私は、10 年以上、宮崎大学周産母子センター新生児集中治療部(NICU)のトップとして、教育・診療・ 研究を行ってきました。小児科とは、フォローアップや心臓病、代謝病といった特殊疾患 の診療などで、非常に良い協力体制を取ってきました。同センターは宮崎県の周産期医療 の「最後の砦」であったため、私の時代に、他院からの母体搬送、新生児搬送を断ったこ とは一度としてありませんでした。
   しかし、わたしは、三重県が、宮崎県のように産婦人科医のみが新生児医療を行うよう になることが良いとは全く思っていません。ただ、産婦人科医が、新生児医療を勉強する ことは、周産期専門医となるためには必須事項 だと思っています。その理由は、一言でい えば、小児科医療の中で、新生児医療は「選択科目」ですが、産科医療のなかでは、「必須科目」だからです。母体が児を娩出できなければ生命の危機に瀕するときに、新生児医療 が直ちに始められなければ、母体の生命も失うこともあり得るのです。平成 18 年、奈良県 大淀病院から、脳出血の産婦さんが搬送依頼があり、私たちの国立循環器病センターが担 当しましたが、後から 19 番目に搬送依頼をされたと聞きました。このとき、母体搬送を受 けられたのも、われわれ自身が新生児医療を出来たからだと思っています。18 の搬送が受 けられなかった施設で、NICU 事情の理由で断った施設も多かったからです。実際、国立 循環器病センターで出生した児は、アシドーシスに陥っており、胎便吸引症候群にて 1 日間、気管挿管の上、人工呼吸管理を行いました。
  また、周産期専門医は、自分で行った産科医療のアウトカムを、周産期死亡などの短期 的指標のみでなく、1 歳半、3 歳、6 歳といった長期予後を目標にして、診療方法を考えて いかなければなりません。たとえば、一般の産婦人科医は、切迫早産や前期破水で、簡単 に抗生物質を使ってしまう傾向にあります。しかし、新生児を取り扱う医師にとって、出 生前に使用された抗生物質によって起炎菌がマスクされてしまって、抗生物質の使い方が スムーズにいかないことも稀ではないのです。安易な出生前抗生物質が長期予後を悪くし ている可能性があるのです。こういった感覚を磨くためにも、新生児医療をどこかでフル でやる時期が、周産期医に求められると考えています。

おわりに
  以上、桑名市総合医療センターが、地域周産期医療センターである必要性を述べてきま した。このプロジェクトが成功することが、わが国における周産期医療過疎を解決する一 つのモデルとなる可能性があると思っております。皆さんのご協力をお願いいたします。