2014/03/03

三重県における産婦人科学の研究について

  三重大学医学部産科婦人科学教室に赴任いたしまして、早 2 年余りが経ちました。三重 県産婦人科医会の先生方には、会長の森川文博先生をはじめ、大変お世話になっておりま す。学会と医会は車の両輪といいますが、三重県は「一輪車」であるごとく、全国一、ま とまりの良い医会・学会であり、ありがたいことだと常々感謝しております。
  平成 25 年 10 月から、三重大学医学部付属病院は、竹田寛先生から伊藤正明先生に病院 長が交代されました。私ごとですが、伊藤先生からご指名を受け、診療担当副病院長とし て、現在、病院執行業務に携わっております。業務の主なものは、平成 27 年 7 月の病院機 能評価受診に向けての準備、看護師確保対策、病院職員教育などです。より多忙となりま したが、三重大学出身でない私として、三重大学病院内で働く方と仕組みを覚えるために 良い機会であり、楽しく仕事をさせていただいております。
  三重県に新規参入してくれる産婦人科医師も、おかげさまで多く、当初の目標を達成で きていますが、まだまだ不足しているのが現状です。入局してくれる医局員は、妊娠管理、 分娩、手術など、産婦人科医としての基礎的な専門研修を毎日行っており、日に日に、目 に見えて上達がわかり、嬉しく感じております。それぞれ、充実したキャリアが積めるよ うに、指導スタッフも努力してくれています。
  赴任してから、まず臨床の充実をと考え、研究のことはあまり彼らに強調しなかったの ですが、3 年目となりますので、私自身が研究について考えていることを、本誌を借りて述 べさせていただきます。

1. 研究は臨床の疑問や願望を解決することを目指すもの
  産婦人科学という学問は、やはり臨床医学、応用医学ですので、常に患者さんが良くなったり、疾患が予防できたりすることが大切です。臨床を一生懸命やっていると、日々、「このやり方でいいのか、別のやり方があるのではないか?」とか、たくさんの疑問が湧き起 こってきます。また、患者さんが常に良くなるわけではなく、現在のベストの医療を尽く しても、直せない方がおられます。医師としては、無力感といいますか、「悔しい思い」を し、良くしたいという願望がでてきます。この臨床の疑問と願望(clinical questions and wishes)が研究をめざす動機となるべきです。そして、研究で得た結果、(結果が得られる ことばかりでは無いのですが)を、今度は臨床で試してみるという段階があります。そし て、また臨床から研究です。これを、英語では”Bench to Bedside, Bedside to Bench”と言うらしいです。この臨床―研究サイクルが、順調に回りだすと、臨床も研究もやりがいのある、「面白いもの」になります。産婦人科医になって良かったと思うようになってきます。
図1

  通常、自分の施設やグループだけで、すべての臨床―研究サイクルは回せません。した がって、先端を走っているグループに入れてもらうか、共同で行うことになります。この ため、常日頃から、アンテナを高くして、この当たりの情報を得なければなりません。そ の時に重要なことは、ギブ・アンド・テイクの状態にならなければならず、ギブ、ギブと いっている医師や研究者には、なかなか良い協力体制が作れません。したがって、「自分の、あるいは、自分の施設が、何をテイクしてもらうか」を考えた戦略を常に考えなければな らないと思います。

2.自分の興味か運命か?
   それでは、どのように自分の得意種目、自分の専門性、自分のライフワークを作ってい くのでしょうか。私の場合、専門は周産期学で、胎児・新生児の脳障害と胎児心拍数モニ タリングがライフワークです。しかし、医師になって 6 年目に大阪から宮崎に移ったとき には、宮崎にはまだ馴染みのなかった膣式手術で一旗揚げようとして、砕石位のセットを 自費購入しました。手術で成功しようとしたのです。しかし、宮崎大学で、池ノ上克教授 に出会ってから、周産期学にのめりこみ、池ノ上先生ご自身のテーマをいただいて、研究 させてもらいました。このように、当初の自分の興味・計画と、運命といいますか大きな 人生の流れ、人との巡り会いの、どちらに従うかは、本当に悩むところです。ただ、自分 自身は極めてルーズな性格ですので、当初の自分の興味を貫くために人生の流れに逆らっ ても良い事が無いような気がしています。

3.三重大学、三重県における研究のめざすもの
  結論から申しますと、三重大学産婦人科のみで研究をやっていても、強い競争力は築け ないと思います。県全体の集団ベース研究(population-based study)で、われわれは全国3 トップになれる可能性があると思っています。なぜならば、三重県は、医学的な疫学研究 に非常に適した県だからです。第一の理由は、その人口規模がわが国の 1.5%であり、サン プリング数として適切です。これまで、私は全国規模のアンケート調査を数件おこなって きましたが、約 1~2%のデータが集まったところで、ほぼ全体の傾向がわかることが多か ったです。したがって、周産期では約 1 万 5000 という三重県の分娩数は、適切なサンプリ ング数といえます。第二に、三重県は、北の工業地帯から、南の過疎地帯まで、多様な社会的背景をもっており、日本の縮図ともいえる県です。旧律令制度で、伊勢、伊賀、志摩、 紀伊と 4 つ持つ県は、兵庫県の 5 つに次いで 2 位であることも、それを物語ります。多様 な特性を持った地域医療が展開されており、わが国に対する提言が行い易いと思います。 第三の理由は、三重県の公的病院と私的な医療施設における、ほとんどの医師が三重大学 産婦人科教室の出身か、三重大学と関連の深い先生がほとんどだからです。以前、私は研 究グループの一員として宮崎県での集団ベース研究を立ち上げましたが、宮崎県の際、産 婦人科医療は、九州大学、熊本大学、鹿児島大学の先生方の派閥があり、この種の研究を 遂行するにはとても難しかったです。この点でも、三重県は県全体での集団データ研究を 行うのに適していると思います。

4.産科医療補償制度、見直しのための脳性麻痺児発生に関する医学的調査
  産科医療補償制度は、重症脳性麻痺児とその家族の経済的負担の軽減、原因分析と再発 防止、紛争の防止・早期解決を 3 つの柱に、2009 年(平成 21 年)1 月に創設されました。 当初、沖縄県と姫路市における調査によって、補償対象は年間 500~800 例と推定され、補 償金額 3000 万円と、産婦人科施設が払う保険料が分娩 1 件、3 万円と定められました。し かし、実際の申請は年間二百数十例であり、制度設定の良否が問題となりました。発足 5 年後の見直しのため、再度脳性麻痺児の発生状況を調査することになり、沖縄県、栃木県 とともに三重県が指名されました。これは、赴任以来考えていた三重県での集団ベース研 究のインフラを作る上でまたとない機会であり、教室の神元有紀君を事務局として行いま した。これには、三重県立草の実リハビリテーションセンター所長の二井英二先生をはじ め、三重県周産期症例検討会、そして三重県産婦人科医会の先生方に大変お世話になりま した。
   結果は、現行の補償制度の認定可能症例は、年間、三重県で 5.2 例、全国で 496 例出生すると推定されました。また、分娩時のイベントで発症した例は、三重県で 2.8 例、全国で 267 例というものでした。さらに、産科医療補償性度が発足した、平成 21 年には三重県か ら 2 例申請されていますが、少なくとも他に 2 例は申請できることがわかりました。した がって、実施の申請が二百数十件という以外に、少なくともその倍は申請漏れがあるので は、という結論です。このことを受けて、本部は、身障者療養施設をはじめ全国的な登録 促進運動を始めています。
   脳性麻痺は全国で年間、約 2000 人発症すると推定されますが、分娩時のイベントが約4 250 例であり、全脳性麻痺の 12%を占めるに過ぎません。(図2)この数値は、海外の 7% ~20%であるというデータとも一致します。脳性麻痺のほとんどが、産婦人科医の責任で あるという、社会的通念は間違っており、変えなければなりません。
  本調査を受け持って、三重県全体のデータによって、わが国の医療を変えることが可能 であることを実感しました。

図2

5.先天性サイトメガロウイルス症のスクリーニング法に関する研究
  サイトメガロウイルス(CMV)は胎児が感染すると、その約 10%に重度障害、残りの 90%にも遅発性の難聴が起こる恐れがあるといわれています。宮崎県でわれわれの行った 脳障害児の調査では、全体の約 4%が、先天性CMV症でした。胎児感染は、約 0.3%です ので、三重県では約 45 人の先天性CMV児が生まれ、4~5 人が重度障害で出生し、40 人 程度が生後のフォローアップが必要であると推定されます。三重県は小児科を中心に、伝 統的にワクチン研究が有名であり、また熱心な耳鼻科医もおられます。したがって、まず 集団ベース研究を普及するには、この先天性CMV症のスクリーニング法に関する研究が 適していると思っておりました。幸い、大学院研究テーマとして鳥谷部邦明君が取り組ん でくれることになり、森川会長に医会事業としても認めていただきました。進捗状況を毎 月の三重県産婦人科医会定例理事会で発表しています。最も有用で効率の良いスクリーニ5 ング法を見出すために、三重県のデータが将来使われるようになるものと期待しています。 継時的にご報告いたしますので、先生方の、ご協力をお願いいたします。(鳥谷部先生報告 を参照してください。)

6.テレビカンファレンス
  その他にも、三重県婦人科癌登録事業、三重県周産期症例検討会、双胎に関する研究な どが進行しております。また、これまで三重大学伝統の糖尿病と妊娠に関する研究は持続 しなければなりません。
   これらの集団ベース研究を成功させるために必要なことは、発表代表者を一つの施設が 独占しないことだと思います。これまで多くの研究が半ばにして頓挫したのが、この発表者の問題です。この度、日本産科婦人科学会の専攻医指導施設指定基準として、発表論文 数が規定されるようになりました。これは、所属施設としての発表ということで、どうし ても症例報告や数例の小規模研究になりがちです。集団ベース研究は、自施設データも含 まれているわけですし、より価値のある研究と日産婦学会も認めていく方針ですので、各 研修施設の先生方は、論文数の確保のため、三重県全体で取り組んで頂きたいとお願いし ます。
  集団ベース研究のみでなく様々なことで、各施設の団結、協力が最も大切です。平成 25 年から三重大学、三重中央医療センター、市立四日市病院、三重県立総合医療センターお よび伊勢赤十字病院の 5 つの周産期センターをもつ病院の間で、テレビカンファレンスを 行っております。毎週木曜日午前 8 時から約 30 分間、2 施設から症例発表をしていただき、 より良い診療を目指すカンファレンスです。予算の都合で、毎回 4 施設しか参加できない 現状ですが、お互いの声と顔が毎週見ることができる効果は絶大だと感じております。

   以上、三重県における研究について私の考えを述べさせていただきました。臨床-研究 サイクルを回せる医学研究者が一人でも多く育つために、医会の先生方のこれまで通りのご支援をお願いいたします。