そこで、我々三重大学産科婦人科学教室として、市立四日市病院の医師が市立四日市病院以外で勤務することをお許しいただくことと、その代わりに、県立総合医療センターの 医師が、市立四日市病院に応援勤務をした場合に、相応の報酬をしていただくことをお願 いしました。四日市市にある2つの総合病院を、1つの医師群でカバーする構想を提案い たしました。以下に、このことのメリットを述べ、その後の経過を報告させていただきま す。
1.マンパワーの必要なときに、より多くの医師が確保できる
産婦人科、特に周産期医療は、夜間に分娩が重なるなど、忙しい時と、そうではなく比
較的時間に余裕がある時の、波が大きい医療です。例えば、品胎妊娠の妊娠高血圧腎症症
例の早産分娩などは、6人以上の産婦人科医が必要です。したがって、安全な産婦人科医
療を確保するためには、リアルタイムに必要な医師を、有効に増加させるシステムを構築
することが重要です。いわゆる「最大瞬間風速を上げる」仕組みが必要なのです。
このシステムを作っていくときに障害となっているのが、勤務医の就業規定です。すな
わち、勤務医病院以外の診療を禁止すること、勤務医病院以外から報酬を得ることを禁止することです。
しかし、現在のように産婦人科医師数が少ないときに、総合と地域の周産期センターで
ある両病院において、人手の要る事態が起こった時、安全な医療を提供するために、どうすればよいのでしょうか?自院の医師数が少なければ他院の医師の応援を得ることは、安全のために、ごく当たり前のことだと思います。したがって、県立総合医療センターで必
要であれば、日夜を問わず市立四日市病院から応援にかけつけ、また逆に、市立四日市病
院へ県立総合医療センターに応援に出かけることは、患者さんの安全のために必要である
と考えております。
2.よりレパートリーの広い産婦人科研修が可能となる
若い研修医を派遣する場合、その病院における研修内容は、研修医にとって最も重要な
関心事です。したがって、複数の病院の移動が可能となり、研修にレバートリーを持たせ
ることができれば、研修医が行きたい病院群となると考えています。たとえば、県立総合
医療センターの産婦人科では、県下で最も数多い腹腔鏡手術を行っておられます。一方、
市立四日市病院では、骨盤臓器脱に対して、tension-free vaginal mesh (TVM)を手掛けて
おられます。また、市立四日市病院においては、妊娠28週未満の超低出生児の分娩が習
得できます。研修医や専攻医が、2つの病院にまたがって研修できれば、より研修内容も
充実すると考えます。ひいては、若い医師が産婦人科を志してくれるようになるのではと
期待しています。
3.医師の待遇がより良くなる
これまでは、他科にくらべて労働量の多い産婦人科勤務医の待遇改善策として、分娩手
当や時間外手当の支給などが一般的でした。月の基本給与を上げることは、「他科の医師と
のバランスがとれない」という理由でご法度でした。しかし、以下の話は知り合いの医師
から聞いた話ですが、自分の勤務病院で頑張っている医師と、院外からの応援医師との待
遇のアンバランスを象徴するエピソードだと思います。ある公立病院の一人医長で頑張っ
ておられる 60 代の先生が、土日を利用して学会に行くために、自分の出身大学の医局に頼
んだところ、土日で 50 万円以上の当直料を要求されました。しかし、背に腹は代えられないと、その公立病院は支払い、常勤医の後輩である産婦人科医が土日当直に来たのです。
当直医は、当直中、仕事らしい仕事はせず、陣痛発来患者の入院の対応を行いました。常
勤医は、日曜日の夕方に帰院し、交代した後、その日の内に分娩を行いました。常勤医の
当直料は一日 1 万円余りなのですが、その 10 倍以上もの当直料が非常勤の産婦人科医に支
払われているのです。
したがって、限度はあると思いますが、市立四日市病院の医師が県立総合医療センター
の日直、外来、手術、当直などを行い、その逆に、県立総合医療センターの医師が市立四
日市病院の業務を行い、それ相当の報酬を得ることは、医師の待遇の改善につながるのではと考えております。
4.その他のメリット
われわれが、他病院に行き見学することは、極めて勉強になります。それぞれの、違っ
た病院の良いところを学べるからです。三重県の病院における産婦人科は、三重大学産科
婦人科学教室で初期教育を受けた医師がほとんどであるため、手術手技にしても多くの共
通点があると思います。したがって、治療の標準化が行いやすい素地はもとよりあるわけ
ですが、市立四日市病院と県立総合医療センターの医師が交流することで、治療の標準化
に近づけることが期待できます。その他には、業務可能な産婦人科医師数の増加により、
夏休み、冬休みなどの長期休暇を取得しやすくなる、両病院の交流を図ることにより、開業産婦人科医と高次医療施設の連携がどのように行われているか、北勢医療圏における産
婦人科医療の実態を把握しやすくなる、開業医からの紹介患者の窓口の一本化も可能であ
り、総じて北勢医療圏の充実につながる、などが考えられます。
5.デメリット
デメリットも当然あると思われ、以下に考えられるものを列記しました。
① 業務内容が増え煩雑となる:普段勤務していない病院における業務をすることとなり、
小児科など他科との連携や看護師、助産師、検査技師などの協力体制に支障をきたす可
能性があると思われます。
② 主治医性の診療が行い難くなる:医師同士の連携がより重要となり、チーム医療、グループ診療が中心となることが考えられます。しかし、これはむしろ、デメリットではな
いかもしれません。
③ 病院間の移動の問題:当然、それぞれの病院間を行き来することが多くなります。
④ 医療トラブルの問題:医療事故や患者・患者家族とのトラブルなどの発生時に、他院所
属の医師が関与し医療の場合に、どのように対応するのか未解決です。
しかし、以上のデメリット問題もあわせて、予想される問題点について、十分考慮し、
対策をあらかじめ立てていけば、総合的にみてメリットの方が多いシステムだと信じております。
6.その後の経過
年が明けた平成 24 年 1 月 18 日に、市立四日市病院に伺い、一宮院長から市立四日市病院の医師が県立総合医療センターで勤務すること、その逆の勤務もあり得ることをお認め
頂きました。また、1 月 25 日に、県立総合医療センターに伺い、高瀬院長にも、大筋でお
認め頂きました。現在、県立総合医療センターの三輪事務長と、市立四日市病院の村田事
務長をはじめとした事務局の調整が行われております。
このプロジェクトは、全国に先駆けた、産婦人科医療、周産期医療の新しい集約化のモ
デルになるものと考えております。現場の医師はもとより、三重産婦人科医会の先生方の
応援をいただきますようお願いいたします。