2016/02/26

新しい専門医制度と三重大学産婦人科専門研修プログラムの優位性


2017年(平成29年)から、日本専門医機構が管理する「新専門医制度」が発足します。われわれも、三重大学産婦人科教室が基幹施設となる「三重大学産婦人科専門研修プログラム」を作成しました。今回は、この新しい専門医制度によって、産婦人科医師の卒後教育がどのように変化し、それに対して私たちはどのような対策をとっていくべきかについて、お話しいたします。三重大学病院を基幹施設とし17の連携病院からなる、三重大学産婦人科専門研修プログラムの優位性についても述べたいと思います。

 
1.これまでの産婦人科専門医制度との違い

 現在行われている産婦人科専門医制度は、日本産科婦人科学会が認定しているものです。

3年間の履修を終えたのち、7月にある専門医試験を受験し、合格することで取得できます。(図)これ自体は、取得するメリットも少ないと考えられており、目標として「あいまいな」ものとなっていますが、その後のサブスペシャルティーの取得は、若い産婦人科医師にとって魅力的です。周産期専門医(母体・胎児)、産婦人科腫瘍専門医、産婦人科内視鏡専門医、生殖医療専門医は、専門医養成施設の施設認定にも必須であるため、病院職員がサブスペシャルティーを所有していることは施設の診療内容の充実につながり、重要です。
図1.これまでの専門医研修制度と、新専門医研修制度(三重大学産婦人科研修プログラムの例)
 
 それでは、新専門医と現行の専門医制度とどのように違うのでしょうか?大きく違うところは、以下の2つでしょう。
(1)専門医研修3年間のうちに同一施設には最長2年間しか所属できない
基幹病院に最長2年間しか所属できないことがどれだけインパクトがあるのでしょうか?一番困る施設は、2004年の新研修医制度において人気のあった、たとえば亀田総合病院、三井記念病院、聖隷浜松病院などのいわゆる「マグネット病院」でしょう。初期研修としては、救急医療やコモンディジーズが多く経験できる施設に人気がありました。これらの施設は、初期研修で集めた医師の中を、あと3年間、後期研修として人員が確保できましたし、その中で優秀なものはスタッフの道も開けるという競争的な制度が功を奏し、発展してきました。一方、大学病院は、救急医療やコモンディジーズが十分に経験できず、医学部卒業生に敬遠されています。しかし、今回の新専門医制度は、基幹病院でも最長2年間しか在籍できず、「マグネット病院」にとっては、良い「連携病院」探しがキーとなっています。おそらく、これらの施設は、関連の大学病院と連携することが多いものと予想します。一方、大学医局としては、これまで通りの研修システムでよく、より専門性を求めた今回の改定は大学医局に有利に働くと考えています。
 
(2)専門医取得上、求められる経験症例数がより高度で広くなってきた
新産婦人科専門医研修プログラムでは、表1のように、①生殖・内分泌領域、②婦人科腫瘍領域、③周産期領域、④女性のヘルスケア領域の4領域から、幅広く、かつ多くの症例を経験しなければなりません。したがって、がんセンターや周産期センターなどで、その専門外の症例を経験することは容易でなく、他の充実した施設と連携する必要があります。また、地方では症例数の確保が難しいことが予想され、2004年からの新研修医制度の開始時と同様に、都市部と地方との医師の偏在が起こることは必発でしょう。地方におけるプログラムの一つである三重大学は、都市部の連携施設と組むことによって、この点を克服したと考えています。
 
以上2点を踏まえて、今回、三重大学を基幹施設としたプログラムを作成しました。今後は研修プログラムの優劣が、全国的に比較されるようになると考えられ、プログラムに入る初期研修医はより地域や出身大学を超えて全国から応募が期待できると思います。
 
表1.新産婦人科専門研修プログラムで経験が必須な最低症例数
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1. 分娩症例150例以上(帝切を含む)
2. 帝王切開:執刀医として30例以上
3. 前置胎盤あるいは常位胎盤早期剥離症例の帝切 執刀あるいは助手として5例以上
4. 子宮内容除去術あるいは子宮内膜全面掻爬を10例以上
5. 腟式手術(円錐切除術、頸管縫縮術を含む)10例以上
6. 子宮付属器摘出術あるいは卵巣嚢胞摘出術 10例以上(腹腔鏡手術でもよい)
7. 単純子宮全摘出術執刀 10例以上(開腹手術5例以上を含む)
8. 浸潤がん手術 執刀あるいは助手として5例以上
9. 腹腔鏡下手術 執刀あるいは助手として15例以上
10.   不妊症治療チームの一員として不妊症の原因検索、あるいは治療に関わった 5例以上
11.   採卵または胚移植 術者あるいは助手 5例以上
12.   思春期や更年期以降の女性の医療(HRTを含む) 5例以上
13.   OC/LEPの経験 5例以上
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2.三重大学産婦人科専門研修プログラムの優位性
(1)  三重大学附属病院で全てを学べると同時に、各分野の超一流の施設と連携した
 それでは、三重大学産婦人科専門研修プログラムの優位性を述べたいと思います。第一に、各分野の超一流の施設と連携体制を取ったということでしょう。しかし、もっと大事なことは、ただ単に大学附属病院で経験できない領域を「アウトソーシング」するのではなく、常に大学でも診療できるような努力が必要であるということです。われわれは、超一流の施設や医師の教えを乞うことは必要ですが、自分たちの施設や三重県の施設での診療の充実を常にめざしていくべきと考えています。三重大学附属病院では、①生殖・内分泌領域、②婦人科腫瘍領域、③周産期領域、④女性のヘルスケア領域の4領域とトップレベルの診療と、豊富な症例数と優秀な教育スタッフがおり、症例数、指導体制をみても自信をもって勧めることのできる充実した教育体制を確立したと自負しております。
三重大学産婦人科は、医局員がすべての産婦人科領域をカバーするという意気込みで過去、努力してきた甲斐があり、大学附属病院で、ほとんどの疾患が治療できるようになりました。しかし、その理由として、常に全国の超一流施設と交流し、教えを乞う努力を続けていったことも原因でしょう。本専門医研修プログラムを立てる上でも、このような施設に連携施設となっていただきました。
 
    生殖・内分泌領域:
三重大学研修プログラムでは、平成27年に開設した三重大学附属病院に高度生殖センターにおいて、専攻医は最低1か月の専属研修を行うことを必須としました。この1か月で、卵胞のモニター、治療方針を立てることはもちろんのこと、採卵まで経験できます。さらに、大阪にあるIVFなんば(中岡義晴院長)とIVF大阪(福田愛作院長)は、わが国の不妊症治療のトップセンターです。1か月平均40006000人の患者を診療されています。理事長の森本良晴先生との昔からの交友から、三重大学からは、常時1人以上の医局員を派遣していますが、三重大学から派遣した医師は、1年間で500件以上の採卵が経験できます。
    婦人科腫瘍領域
 三重大学には、腫瘍専門医が3人以上は常置しており、婦人科手術は月45件平均であり、悪性腫瘍手術も年間100件以上あります。兵庫県立がんセンター(山口聡産婦人科部長)は、年間600件以上の悪性腫瘍の手術があり、わがくに有数の悪性腫瘍の専門機関です。子宮頸癌の手術数で日本一になったこともあります。私は、前産婦人科部長、前院長の西村隆一郎先生と懇意であり、平成27年に同センターの退職者が多かった関係から、三重大学からの医師派遣を要請されました。このような経緯から、今回連携施設に入っていただきました。
    腹腔鏡手術
 腹腔鏡手術は、産婦人科手術のまさにパラダイムシフトであり、その対象疾患を悪性腫瘍まで広げてきています。私は、産婦人科医にとって腹腔鏡手術は、帝王切開のように必須手術だと思っています。誰もが、循環動態が安定している子宮外妊娠は、腹腔鏡手術ができるべきでしょう。指針でも、表1にあるように履修が必須であり、15例は執刀医か助手に入らなければいけなくなりました。三重大学でも腹腔鏡手術を年間150200症例行っており、子宮体癌Ia期も保険適応として年間12例以上行っています。また、子宮頸癌にも広げ、ロボット(ダビンチ)手術にも取り組みつつあります。しかし、わが国で最も症例数が多く、最も最先端を行っているのは、安藤正明先生が院長をされている、倉敷成人病センターでしょう。年間1300例の腹腔鏡手術を行っておられます。三重大学は、安藤先生に手術指導を受け、また日本やタイでの先生が主催なさる講習会に定期的に参加させていただいております。三重大学からも、常時、専攻医を派遣することもあり、今回連携施設に入っていただきました。
 
1. 三重大学産婦人科研修プログラム連携病院(県外)
(1)  周産期と循環器病の専門性を追求する我が国唯一のプログラム
 基幹病院におけるプログラム作成には、専門研修プログラム整備基準に沿って進めることになります。たとえば、産婦人科の4つの領域を隈なく研修するように指導されています。しかし、プログラム整備基準にもあるように研究マインドを持つことも必要です。三重大学産婦人科研修プログラムでは、循環器病を合併した母体と胎児の医療を学べ、研究発表を行なえ得ることをアピールしたいです。循環器病は、約100人に1人は先天性心疾患などの循環器病合併妊娠であり、同じく約100人に1人は胎児心臓病であり、日常診療で比較的よく遭遇する疾患です。昨年の、三重産婦人科医会報に書きましたが、2014年(平成26年)5月から東京府中市の榊原記念病院に産婦人科の診療を、桂木真司部長のもとで開始し、現在は医師計5人になっております。母体胎児の循環器病合併症例の分娩は月に約15件となり、胎児心疾患は年間約60例と全国のトップレベルです。つい最近、分娩後の急性心不全に、大動脈弁置換術とともに補助人工心臓を装着し、救命した例を経験するなど、着々と成果を出しています。榊原記念病院は、2014年の分娩は全体では100件未満であったため、プログラムの連携病院の申請は2016年度となりますが、症例数は月ごとに増加しており、専攻医にとって魅力的な研修病院と思います。また、私の前任地であります国立循環器病研究センター周産期・婦人科も年間訳100件の循環器病合併妊娠と、約40件の胎児心臓病の症例が経験でき、連携病院となってもらいました。
図2.三重大学産婦人科研修プログラム連携病院(県内)
 
(1)  周産期1次施設と組んだユニークな構成
 他の産婦人科プログラムでは、公的病院とのみ連携を結んでいるところが多いと思います。しかし、プライマリーケア、正常妊婦健診・分娩、病診連携など多くのことを学ぶ必要があります。三重大学産婦人科専門研修プログラムのユニークなことは、分娩数が多く指導体制が充実している周産期1次施設に連携病院となっていただいたことでしょう。医会報にも書きましたが、三重県においても2次周産期施設の分娩数が激減し、1次と3次施設へのシフト、すなわち「2極化」がおこっています。したがって、多くの妊娠、分娩症例を経験するために、1次施設との連携は必須と考えています。プログラムでは、1)前年度の診療実績、2)専門研修指導医数および専攻医数、3)前年度の学術活動、4)カンファレンス・抄読会の数、文献検索システムの有無などの施設状況、5)サブスペシャルティー領域の専門医数などを年ごとに報告しなければならず、指導体制が充実していると判断した「ヨナハ病院」、「白子クリニック」および「森川病院」の3施設に、連携病院となっていただくようにお願いしました。上記の1)~5)の充実とともに、周辺の婦人科診療施設との連携も考慮しながら、進めてまいりたいと思います。
 
(2)  新生児集中治療室(NICU)勤務を勧める
 新生児集中治療室(NICU)における経験は、産婦人科専門医は必須ではありません。また小児科専門医取得でも行うべき領域ではあるものの、決して必須となっていません。NICUと新生児医療は、産婦人科が行う周産期医療には無くてはならないものです。小児科では、NICUは「チョイス」ですが、われわれ産婦人科は「マスト」な医療です。したがって、平成28年度の入局者から、NICUでの研修を最低2か月行うことを薦めています。ほとんどが、三重大学附属病院のNICUで行いますが、その他の行いうる施設であれば、小児科との協力体制のもとで、連携施設のどこでも良いと考えています。
 
(3)  僻地の専門医研修はない
 三重大学のような地方大学は、産婦人科医療、特に周産期医療のために、専攻医に人気のない過疎地に医師を派遣することが多いです。しかし、三重大学プログラムでは、いわゆる「僻地」研修は全くありません。平成283月をもって、30年以上続けてきた東紀州地域の常勤医の派遣を休止しました。その結果、三重大学専門研修プログラム連携施設での最南端は、伊勢日赤病院となります。専門研修プログラム指針には、地域医療・地域連携への対応や地域において指導の質を落とさないための方法など、都市と地域との医師偏在を防ぐための方策が書かれていますが、今回の新専門医制度によって、結果的に地域差がさらに生まれることに繋がるものと予想しています。三重県全体が地域ですし、地域の産婦人科医療をベースに研究すること、すなわちpopulation based studyをわれわれは目指しているため、地域をおろそかにしているわけではないと思っております。
 
おわりに
 専門医研修プログラムにおいても、若者が何と望んでいるのかを考えながら、常にアップデートしていかなければなりません。同門会の先生方のさらなるご支援をよろしくお願い申し上げます。