2016/02/16

ヒートショック蛋白と耐性獲得

 15年ぐらい前になりますが、ヒートショック蛋白という物質を研究した時期があります。ヒートショック蛋白というのは、熱を負荷することによって細胞に現れる蛋白で、細胞が傷つくことや死から守る役割をします。そのメカニズムは、変性し無機能となった蛋白を折りたたみ直し機能を回復したり、回復不能と判断すればライソゾームなどの細胞内の不要物処理場へ輸送したりすることです。いわゆる「細胞のお世話係」といったところでしょうか。実際、このように細胞構造蛋白や酵素などの「主役」として働くとこもなく、全ての機能が他人のお世話をするという「脇役」に徹しているという何とも甲斐甲斐しい物質です。これらの物質を「分子シャペロン」と呼びますが、ヒートショック蛋白も分子シャペロンの一つです(図)。このシャペロンという語源は、社交界にデビューする女性の介添え役の年配の女性をシャペロンと呼ぶところからきているらしいです。


 さて、私が行っていた実験は、赤ちゃんネズミを使った脳障害に関するものです。赤ちゃんネズミを41度の環境に15分程置いておくと、次にくる低酸素ストレス、通常では脳障害を起こすぐらいの強いストレスに耐え抜き、脳障害を起こさないという結果でした。こういった、障害的ストレスの前に、それよりもやや軽いストレスを負荷すると、本番のストレスによる障害が免れるという現象「ストレス耐性」とよびます。この耐性を獲得するためにヒートショック蛋白の発現が大きく関与しているのです。私の実験の場合、幼弱ネズミの場合、神経細胞やグリア細胞のヒートショック蛋白の発現よりも、血管におけるヒートショック蛋白の発現の方が、ストレス耐性獲得に重要であるという結果がユニークなところでした。

 なぜこんな話を、ここでお話しするかですが、「われわれの体には、ストレスを処理し、その後それ以上のストレスに立ち向かうことができる機構が自然に備わっている」ということを強調したかったからです。ゴルフはとかく、「我慢のスポーツ」と呼ばれます。なかなかパーが取れないときでも、淡々とプレーすることがスコアメイクにつながる様です。この様なイライラの時に、一か八かで、ショートカットを狙ったりすると、トラブルに巻き込まれ、大たたきすることを、しばしば経験します。我慢しているときに、ヒートショック蛋白が出ていて、自分が大きく成長しているのだと思えば、焦りも無くなるのではないでしょうか?

 実際、15年前の私は、アラフォーで患者さんの診療、当直、下の先生や学生さんの指導、学会活動、医局のまとめ役など大変多くの仕事があり、家庭では3人の子どもも中学生、小学生、幼稚園と、自分や家族がこの後どうなっていくか不安でした。こういった時期に、「ヒートショック蛋白」を研究することによって、自分は今「耐性獲得」をしているのだと言い聞かせ、決してネガティブな気持ちにならなかったのを覚えています。分娩という生理現象も、狭い産道を通ってくる胎児に、生まれた後の数々の困難に立ち向かう「耐性獲得」現象であるということもできるのだと思っています。

 どうか皆さんも、苦しい時や我慢が必要な時もあるでしょうが、来るべきもっと辛い場面に対応できるように、いまヒートショック蛋白を産生して耐性獲得をしているのだと考えて、頑張ってください。